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温泉三昧 [旅話]

仕事部屋の窓の外は、猫の額ほどの中庭なのですが、そこへアゲハチョウがふわりと飛んでくることがあります。仕事中にその蝶をぼんやりと眺めてしまうのですけどね。一体どこから来ているのか。

ちょうど、お隣の通路兼ガレージに接しているので、見えないようにと高い壁が作ってあって、なかなか飛んでくることもないような場所なんですよ。地面を這うような昆虫や爬虫類ならともかく、飛んでくるには目指すような花もないし、とっても不思議。

ただなんだかその飛んでいる姿は実に優雅なわけで、PCに向かって文字を打っているときでも、ふと手を休めて見てしまっていました。

とくに何をしているわけでもなく、疲れているわけでもないのですが、そんなときにふと現れると、一服の清涼剤と申しますか、心が洗われる気がします。……要するに、いま現在ドロドロと心が汚れている自分がいるんですわ~(笑)

何かを教えに来ているのかもしれません。



さて、昨年に引き続き、アメリカで仕事をしている友人が一時帰国をするというので、近場の温泉にいつもの友人たちと一緒に行ってきました。恒例化するんだろうか……どうなんだろうか……。

この友人は、ほかにも友達がたくさんいるような人なので、付き合いが大変だろうと思うのですが、忙しい一時帰国中の束の間の休日なのかもしれません。

年老いた両親がいるので「親孝行が疲れる」と言っていましたけどね^^; 成人した子どもたちは日本にいるので、その子ども孝行もしなくてはいけないらしく、それも大変そうだけど、それでも、自分が選んだ人生なわけだし、幸せそうにしているので、よかったなあと見ています。

もう35年以上の付き合いですから、それぞれの歩んできた道も、すべてではないですが知っています。それでこの年齢になってそんな友人たちの姿を見るのも、悪くはないと感慨深くもなるわけです。

その友人たちの目に、自分はどう映っているのかと想像をしてみますが、意外とわからないものです。考えてみるとみんな、苦労していた姿を見せていないんですよ、面白いことに。あ~そうか。子育ての時期とか、全然会っていなかったものなあ。そういうことか。

20代前半くらいから、ひとっとびでこの年齢になっているようなものなので。そういうことなんですね。ちゃんと考えてみたこともなかったけど、20代半ばから40代の半ばくらいまでの嵐のような時期に、ほとんど会っていないという……。

ようやくこの年齢になった、ということのようです。

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宿に着いた途端、すでに散らかる部屋(笑)

温泉に入り続けている者もいれば、とっとと出てきて涼んでいる者もいる。

夕食は、女性向けによく考えられていて、たくさんの品数をちょこちょこといただけるお料理となっていました。
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かわいらしい前菜。これは2人分。

そしていくつかの品々とデザート。
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もう、満腹です。(珍しくお料理の写真も撮ってみたと^^;)。

あとは部屋に帰って、くっだらない話を続けて就寝。

何度も同じ話をしていましたけどね。年だなあ(笑)

翌日、チェックアウトまで時間があったので、ちょっと先にあった滝までお散歩。みんな何度も来ている温泉地なのに、知らなかった場所でした。
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「玉簾の滝」というそうで、箱根外輪山の伏流水だとか。

暑い日でしたので、ひんやりとしていて涼しい場所でした。

そうしてロマンスカーでダラダラと帰宅。



何をするわけではないけれど、こんなことができるようになったということが、時の流れを感じてしまいます。

こんなことができるような年齢に、なりましたとさ。



この温泉に行った週は、週末にも夫T君とゴルフ&温泉に行くという温泉三昧な週になりまして、その間に仕事で打ち合わせに都心に出たりもして、ちょっとお疲れになってしまったのですけどね。

ま、そんなこともある。



しかし、だんだんと、時間をしっかりと噛みしめながら毎日を過ごさなくては、と思うようになってきました。もういい加減年齢を重ねてきているのだから、ちゃんとしないとなあと思うのです。

普段は非常にちゃんとしていないから。困ったものです。

頑張んなくちゃね。



おしまい。
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政治のことは、本当は知りたくもないのだけど。 [プンプン]

ドイツがサッカーW杯を制しましたね~。我が家は小躍りです^^

とりあえずドイツ推しという夫婦の(利益も損益もないけど)利害関係は一致していたので、一緒に応援していたドイツが優勝をして朝から気分がいいです(笑)

メッシが好きな人は多いのでしょうが、アルゼンチンのあまりきれいではないプレーが夫婦ともども好きではなく、シュバインシュタイガーが流血したグーのパンチなんぞは、見ていてむっかー^^; 「なんでレッドカードを出さないのか!」と怒っていました(←ここでも怒っている・笑)。

アルゼンチンを応援していた人は、ドイツ寄りの笛を吹く審判だと思っていたみたいですけど、あれは明らかにアルゼンチン寄りだったでしょう、と思っております。

でも、ドイツが優勝したからいいんだけどね。



ひとまず今週は、お怒り記事の更新はお休みしようと思っているのですが、気になっているのを3点。

まずは、イスラエルとパレスチナの問題。ガザ地区へ陸上部隊を侵攻させるという話です。

もうこれは、日本が頭を突っ込むべき問題ではないと思うし、ましてや私のような一個人が考えるべきことではないと思うのですが、一つだけ……。それはイスラエルが悪いというわけではなく、パレスチナだって悪いわけではないということ。

もとを辿れば、とんでもなく大昔の宗教的なことにまで遡ってしまうから、そのことについては何とも言えません。でもともかく人を殺すのはだめでしょうと。攻撃、攻撃、って本当に何人の人を殺せば気が済むのだか。

結局はお金なのだろうと思っています。

武器を作りたい、売りたい、それで稼ぎたい。金、金、金、金、金ですよ……。

お金のためなら人を殺してもいいと、そういう武器商人が多くいらっしゃるということが、よくわかります。

この経済の歯車となって、汗水たらして働く人がいるのに。なぜ、平和のためにお金が使えないのか。

戦争を終結させるために原爆を投下したと、原爆投下を正当化する人々ですからね。ふぅ。



それから、NHK「クローズアップ現代」で起こったこと。

フライデーがスクープをしたということで話題になりました。

その後は、こんな感じで決着はついたようですが→
私は火のないところに煙はたたないと思っています。さもありなんという印象を持ちました。

そのくらい、報道に対する現政権(政府)の強硬さは感じています。

前の記事にも書いた通り、「暖簾に腕押し」か? と思うような答弁。人の質問をちゃんと答えようとしない政治家の態度に、頭の上はクエスチョンマークが大量に飛び交っています。モヤモヤ感がぬぐいきれない。

そんな政治家たちが、報道に対して強気に出るのはわかるような気がします。それは、国民に知ってほしくないことがたくさんあるから。

それを「生放送」で質問されて、答えたくないのにそのまま放送されれば、面子が立たないと。それで抗議をするというのはあり得るでしょう。

この報道をそのまま見れば、これはNHKも悪いし、首相官邸側も悪い。

もっとNHKは追求すべきです。




最後の一つは、鈴木章浩都議の塩村議員へのヤジ問題。

これは、うやむやにしてはいけないよ。

謝罪内容を見たり、読んだりしているけど、謝罪からして女性差別だから。

インタビューの内容を見ても、、、。(インタビューの主なやりとりはこちら→)。

『Q どうしてこのような発言を

A 私自身、少子化、晩婚化の中で早く結婚していただきたいと思い、あのような発言になったが、したくても出来ない人への配慮が足りませんでした』

って……ずっこける。

「少子化、晩婚化の中で早く結婚していただきたい」と考えることからしてセクハラだし、女性に投げかける言葉ではない。

しかも、一般質問で妊娠、出産、不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えているときのヤジだ。

もちろん、これは男性へも投げかける言葉ではない。結婚ができない、子どもができない男性だっているであろうし、だったら男性の生殖機能だって問題視すればいいのに、それだってない。

「こういうのを性差別って言うんだよ」とセクハラオヤジたちに教えたいが、どうも頭に入っていかないらしいということがわかりました。

さらに、いろいろな週刊誌で、塩村議員の過去をほじくり返して、人格にまで攻撃するような記事が相次いだ。

こういうことを『セカンドレイプ』って言うんだよ。

声を大にして言いたい。


以上、いまだに気になるの3点でした。



ということで、ちょっと忙しくなるということもあって、今週はこれでお休みします。

来週後半か、再来週にお会いしましょう~。

ごきげんよう。さようなら。


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儲けられるのはほんの一部で、ただただ傷つくだけ。 [プンプン]

昨日からガザ地区への攻撃で心を痛めています。

全くこの争いに関係のない女性や子どもたちへの攻撃となったことに、思わず「イスラエルは何をやってんだよっ!」と声を出して怒ってしまいました。

こういう罪のない女性や子どもたちを殺してしまうことも、集団的自衛権の行使で、日本もこの攻撃に加担するかもしれないと想像しただけでも倒れそうになります。

そのイスラエルへ、日本はこんなことを始めていました。→

この「サムライインキュベート代表取締役の榊原健太郎社長」とは一体誰?

『日本政府の進める「INVEST IN JAPAN(日本に投資を)」』と政府がなぜ、この榊原なにがしという社長を登用しているのでしょうか。(ツイッターでこの情報を得ましたが、この人は元電通マンなのだそうです。安倍さんのビジネスのための仲間、といった感じでしょうか。お友達?)。

それだけでなく、いまなぜこのタイミングでイスラエル?

だいたい何? この投資話って……。日本国民が汗水たらして納めている税金を、こんな知らない人たちの手で投資をしようというのか?

安倍さんの恐ろしさを垣間見た気がします。悪魔だ。




次回書きます、と書いていた橋本治さんの寄稿記事について。

2014年7月8日朝日新聞「議論を忘れた日本人」というタイトルで書かれていました。

これを読んで、安倍さんの説明することにモヤモヤする印象を受けていた理由がわかりました。

よかった、指摘してくれる人がいて。そう思いましたよ。

たぶん「集団的自衛権の行使」がよくわかっていない人は多いと思います。

その、よくわかっていない国民に対し、治ちゃんは、……(ちょっと長くなります)

 「そういう日本国民を相手にして『集団的自衛権行使の必要』を訴えるとなったら、よほどの説明が必要になるはずですが、『集団的自衛権行使』に関しては、その説明自体に問題があるのです」と言います。

 「今度の集団的自衛権行使の問題では『集団的自衛権の行使とはこういうことです』と説明されても、その例がすぐに変えられて、『なにかを説明はしているのだが、なにを説明しているのかよく分からない』になってしまうのです。『この問題を考えて下さい』と言われて例を出されて、考えようとしようとするうちにその『例』がどこかへ行ってしまう。学校の授業なら、『分かったら次へ行きます』とか、『分からなかったら置いて行くぞ』というような段取りを教える側が踏みますが、集団的自衛権の説明にはそんな段取りがありません。分かろうとしても出された問題例がいつの間にか違うものに変えられているので、『考える』ということが無効になってしまうのです。考えられないような形で説明を展開して、それで『考えろ』と言っているようなものです。」と続きます。

要するに、説明に出される「例」がコロコロ変わるので、考えることができなくなっているというわけです。

5月に安倍さんが説明したことに対しては、「その時に出された例は、『他国で紛争が起こり、そこにいた日本人がアメリカ軍の戦艦で脱出した場合、公海上にまで出たその船を、日本の自衛隊が護衛をしに行くことが出来なくてもいいのか?』というものでした。『それが集団的自衛権の行使です』とは言わなかったけれど、いかにも『集団的自衛権の行使とはそういうことです』と言うようにしておいて、その上で『他国と共に日本が軍事力を行使することはない』とも言いました。それが6月の終わり近くなると、もう『軍事力行使の可能性』が公然と問題にされています。』と言います。

そして政府は「集団的自衛権行使を容認」と憲法解釈をしたのだから、議論をする必要はなく、「説明をするだけ」という状態になっていると言うのです。

 「『憲法解釈上、集団的自衛権の行使は可能である』という立場に政府は立ってしまいました。それが『可能』であるのなら、『これも集団的自衛権の行使である』と言うことだけで、どんなことも出来てしまいます。『軍事力の行使はしない』と言っていても、問題は『する、しない』ではなくて『可能かどうか』なのですから、『可能だ』と判断されれば、いともあっさり軍事力は行使されるでしょう。問題は、国民がそんな内閣を支持するかどうかですけれど。」と繋ぎます。

支持なんてしたくない、と思いますが、その前に「一票の格差」が解消されていません。全く、どうすりゃいいんだ、ですよ。

そうして、治ちゃんに指摘してもらえてよかった! と思ったのは、「人の質問に答えない安倍首相」。

次のくだりです。

 「『集団的自衛権の行使』を説明する首相の記者会見を受けて、5月の参議院外交防衛委員会で、『他国で紛争が起こった時、その地域の日本人がアメリカ軍の艦船で脱出する場合』と言う例にたいして、民主党の議員は『他国で実際に起こった紛争の例』をいくつか挙げた上で、「安倍首相が取り上げた例はどれほどリアリティーがあるのか分からない』という趣旨の発言をしました。これに対して安倍首相が反論をするのなら、『私の持ち出した例は十分にリアリティーのあるものだ。なぜならば――』という形であってしかるべきですが、安倍首相は『様々な事態に対処するため』と前置きして『最初から「こういう事態はない」と排除していく考え方は、「嫌なことは見たくない」というのと同じ』という答え方をしました。
 よく考えるとその答えは、『自分が持ち出したケースにはリアリティーがない』と安倍首相自身が認めているようなものです。にもかかわらず、すぐその後に『嫌なものは見たくないのはよくない』と筋違いの続け方をして答弁は続いていきます。
 尋ねられたことに対して向き合わない。その代りに近似した別の『自分の思うこと』だけを話して、議論は終了してしまう。なにかは話されたけれども、しかし疑問はそのままになっている。『なんかへんだな?』という思いが残るのは当たり前ですが、どうやら日本人は、そのこと自体を『おかしい』とは思わなくなっているらしい。少し前までなら、『答えになってないぞ!』というヤジが飛んだように思いますが、いつの間にか日本人は『答えになっているかどうか』を判断することを忘れてしまったようです。」

「思考停止した日本人」と言われるようになって久しいですが、物事の判断も曖昧になってきつつあるようです。そう橋本治さんは指摘します。

全くその通りです。

マスコミの取材を見ていても、弱い相手にはぐいぐいとえげつない質問をして答えを強要するのに、強い相手に対しては、答えすらちゃんと求めていない、ということを感じていました。

そのことに、憤りを感じるか感じないか。私は憤ってしまうんですけどね。

そして、「『集団的自衛権行使に関する与党間協議』を見ていると、日本の議論は『説明する側の一方的な説明』だけがあって、しかもそれが『これはどうですか? これならどうですか?』と選択肢を広げられる値引き交渉に近いものだとも思います。いつの間に日本人は『議論する能力』や『議論として成り立っているかどうかを判断する力』を失ってしまったのでしょう? もしかして集団的自衛権行使云々よりも、日本人がまともに議論する能力を持っていないことのほうが由々しいことだと思います。」と結びます。


この由々しき事態になってしまった要因の一つには、本を読まない、ということが挙げられると思います。読解力がなくなれば、人の言うことだって理解力が落ちるはずです。人は言葉や文章でコミュニケーションをしているのですから。

仕方のないことなんですかね。私にはわかりません。

ただ、こんなことになってしまった「恐怖心」というものは感じてもらいたいと、切に願います。

いま日本政府は、恐ろしいことを考えているんだということ。そして考えるだけではなく、実行しようともしていること。

暗澹たる気持ちになります。



イスラエルに対しては、武器を買ってほしいがための「投資話」なのだろうと想像します。

実際にガザ地区で殺されてしまっている人のことを考えてほしい。想像してほしい。



日本もアメリカのように、テロにおびえる国家になるかもしれません。

そんなことになっていいのでしょうか。

私は嫌です。



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怒ってばかりはいられないけど、でも怒り続ける。 [プンプン]

今朝のブラジルvsドイツの試合は、「一体これはどういうことなんだ?」というような展開でしたね。

今回のサッカーW杯は、ちょうど夫T君のお弁当づくりのために朝起き出す時間と、キックオフの時間がぴったりで、1時キックオフの試合は観られなかったけれど、5時キックオフの試合はずっとリアルタイムで観ていました。楽しい。

そして今朝ですよ。TVをキッチンからでも視られるように向きを変えて、ブラジルvsドイツの試合を観ながらお弁当を作っていました。

ドイツの1点目までは、「まあまあ、これからだな」なんて感じだったのですが、だいたいのおかずが出来上がって、「さあ腰を据えて観るか」となったとき、ポンポンポンポンと4点……。

「ああ? まじかよ\(◎o◎)/!」と口も悪くなる(笑)

もともとドイツを応援していたのでドイツが勝つことには異論はなく、もちろん喜ばしいのですが、「どうした!? ブラジルッ!」と、突っ込みをすることに。

このとき思わず、まだ爆睡中のT君のところへ行き、「ドイツが5点入れて勝っているよ~……」と報告。T君もいい迷惑ですな^^;

6点目が入ったときは、「もう、ブラジルはオフサイドもOKにしてやれよ」と言っていたくらい、気の毒な試合になっていました。

ネイマールがいないことが理由ではなく、守備がザル。チアゴ・シウバがいないことが大きかったか。いやいや、この前のコロンビア戦の疲れがまだ取れていないか……。精神的に一気にやられてしまったか。

なんか、驚きの試合でしたね。

ちなみに明日のアルゼンチンvsオランダは、オランダを応援します^^ 決勝がドイツvsオランダになったら、どっちを応援していいかわからなくなると思いますが、ものすっごく楽しみです。いや~、なんだか今回のW杯は面白いなあ。



とまあ、相変わらずサッカーW杯は楽しんでいますが、一方で、怒りはふつふつと、と言うほどではありませんが、じわーっと抱え続けています。安倍さんですよ。自民党ですよ。公明党ですよ。マスコミですよ。

実際のところは、日本代表がW杯を勝ち進んで、日本中がワヤワヤしている間に、集団的自衛権の行使に関わる法案を通してしまおうという魂胆だったのではないかと思うのですが、ワヤワヤしなくなってしまったので、次の通常国会に法案を提出するようで……今度はほとぼりが冷めたころ、と考えているのでしょうか。

そうは問屋が卸しません。

忘れませんよ。

こっちのほうが大変問題なのだから。

皆さん、ぜひとも忘れないでいただきたい。

「解釈」については、もう勝手にされてしまったわけで、どうしようもないですが、この後の法案がどのような内容となり、どんな形で出されるのか、そっちのほうが大きな問題となります。通ってしまうと後戻りができません。

だから忘れないで、注視し続けていかなければなりません。

マスコミも信用ならないですから、自分で信用できる情報が得られるような態勢を整えておかなくてはなりません。

とにかくマスコミの垂れ流す情報を鵜呑みにしないで、まずは「はあ?」と疑問を持つ。そうしてそれがどういうことなのかを考える。そして想像する。

その一連の思考を持っていただきたいです。



本当にいまは変なことが多すぎます。経済界に目を向けても、軽減税率のことでぐちゃぐちゃやっているし……。経済界もまた、一般消費者(国民)のことを見ていないということが十分にわかりました。

なんかね、結局、今回のこと(集団的自衛権行使の容認)があって、つらつらと考えを進めると、税金やら、TPPやら、教育にまで考えが及ぶのです。

いろいろなことを変えようとしているな、ということが見えてくるのです。

まず一つ、軽減税率について。結論から言うと、このままでは日本の自給率は益々減少するでしょう。そのつもりとしか思えない経済界の動き、政府の動き。

軽減税率が導入されないとなると、おそらく食料品の値段が上がります。(本来であれば、食料品に消費税を課税すべきではないんですよね。カナダなんて食料品は無税です)。

でも小売業者は高くなれば売れなくなるので、その食料品の値段を抑えようとするでしょう。すると国内の生産者さんへの押さえつけが強くなります。そんなことになれば、生産者さんだってやってられない。

一方、TPPの参加で、食料品の関税撤廃が相次いだとしましょう。これでつまりは輸入品がどっと増えるということになります。

軽減税率が導入されないことで国内の生産者さんは締め付けられ、国産品は減り、そしてTPPのせいで輸入品が増える。そうなれば自給率が下がるのは当然のこと。

国内の自給率を上げようとしているところに、こんなことをしていいんですか?

もうね、ぽかーん……です。

食べなくては生きていけませんから、仕方がなく輸入品を買うことになるでしょう、国産品は高くなる一方で。

想像してみてください。

そうして、輸入された食料品ばかりになってしまった後、たとえば、海外で干ばつといった自然災害が起こったとしましょう。そんな輸入品もろくに入ってこない時代が来るとします。

そのとき、「では国産の食料品を」と思っても、生産者が激減しているはずです。自給率もちろん低下しているでしょう。

ということは、きっと、食べ物がない、お金もない、という時代がやってくるということ。

生きていけるのは、お金持ちだけ。

そういうことが、容易に想像できます。

TPPに参加したいがために軽減税率を導入したくないとも思えるし、企業収益が減るから軽減税率を導入したくないという企業もあるだろうし。←これをただ書いて読んだだけでも、政府も、企業(経済界)も国民のことは見ていないということがわかります。

こんなことでいいのでしょうか。

これからの生活が大変です。


そして、もしかしたらこんなことになっているかもしれません。

日本に軍隊ができていて、お金を稼げないとなると、軍隊に入ればお金が稼げるなんていう世の中になっていた。

……なんていうことに。



昨日の朝日新聞には、集団的自衛権行使容認に至るまでの、そのプロセスについて、橋本治さんがいい記事を書いていました。そうそうその通りと。さすが、治ちゃん、と。

これについては、次回書きます。



あ~あ。怒るのも疲れるからねえ。



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ちょっとbreak [癒し]

かっかとしてばかりいたら疲れるからね~。

一平くんが、ブラジルに行って掃除をしていた(笑)

愛媛FC非公式マスコットの一平くん。愛媛FCだけではなく、日本代表、横浜マリノスの斎藤学選手への応援に余念がありません。

その応援っぷりは必見です。好きだなあ~。



一平くんのオフィシャルサイト→



おしまい。
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なんだろうね、これは。 [プンプン]

発言しにくいと思っている人は多いと思う。ウヨクとも思われたくないし、サヨクとも思われたくないと、思っている人も多いだろう。

訳知りな感じで理解したふりをしている人もいるように思う。

しかし「我々は、こう解釈したのだから、これを実行する」という発言へ誰がどのように信用するのか。

それを教えてほしいと思う。

「私たちが選んだ政治家だから」? いやいや違うでしょう。全く信任を得ているとは言い難い状況で選ばれている政治家の人々です。

ましてや、勉強ができて、頭がよろしい官僚たちが後ろに控えている。この官僚たちは誰が選んだのか?

何をかいわんや。

もうねえ、なんていうかねえ、書き続けますよ、私は。


安倍さんの記者会見冒頭発言を、突っ込んでみる。

【安倍総理冒頭発言】
「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていく。内閣総理大臣である私にはその大きな責任があります。その覚悟の下、本日、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定いたしました。自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果です。協議に携わった全ての方々の高い使命感と責任感に心から敬意を表する次第であります。」

↑ 「敬意を表する」って、自分を含めているのだから、ものすごい自画自賛。このあとを読み進めると、この人のヒロイック加減が気持ち悪くなる。自己陶酔?

「集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか。そうした抽象的、観念的な議論ではありません。現実に起こり得る事態において国民の命と平和な暮らしを守るため、現行憲法の下で何をなすべきかという議論であります。
 例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です。」

↑イラン・イラク戦争のとき、アメリカ軍は救助輸送をしてくれましたか? してくれていないではないですか。いやそれより、この一文は理解できないんですけど。だって、日本人が日本人を救助すればいいことなのに、なんでアメリカ軍が救助することが前提なんですか?

「人々の幸せを願って作られた日本国憲法がこうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよといっているとは私にはどうしても思えません。この思いを与党の皆さんと共有し、決定いたしました。」

↑ だから、国民の命を守るのは日本人でいいではないですか。なぜアメリカが救助することが前提になっているのか?

「ただし、仮にそうした行動をとる場合であっても、それは他に手段がないときに限られ、かつ必要最小限度でなければなりません。
 現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来からの原則も全く変わりません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があります。しかし、そのようなこともあり得ない。」

↑ 変わらないという根拠は? それをどこで担保するのですか? 「一般に許されない」という言い方も曖昧。「解釈」しだいで何にでもなると思っているのではないか。

「日本国憲法が許すのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置だけです。外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行いません。むしろ、万全の備えをすること自体が日本に戦争を仕掛けようとする企みをくじく大きな力を持っている。これが抑止力です。」

↑ 意味がわからない。

「今回の閣議決定によって日本が戦争に巻き込まれるおそれは一層なくなっていく。そう考えています。日本が再び戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。いま一度そのことをはっきりと申し上げたいと思います。」

↑ 一層、巻き込まれるおそれがある。だいたい「アメリカの船を守る」ということ自体が巻き込まれに行くということ。

「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。その痛切な反省の下に我が国は戦後70年近く一貫して平和国家としての道を歩んできました。
 しかしそれは、平和国家という言葉を唱えるだけで実践したものではありません。自衛隊の創設、日米安保条約の改定、そして国連PKOへの参加、国際社会の変化と向き合い、果敢に行動してきた先人たちの努力の結果である。私はそう考えます。」

↑ 十分結果を残しているのに、なぜ変えようとするのか。

「憲法制定当初、我が国は自衛権の発動としての戦争も放棄したという議論がありました。しかし、吉田総理は、東西冷戦が激しさを増すと、自らの手で自衛隊を創設しました。その後の自衛隊が国民の命と暮らしを守るため、いかに大きな役割を果たしてきたかは言うまでもありません。
 1960年には日米安全保障条約を改定しました。当時、戦争に巻き込まれるという批判が随分ありました。正に批判の中心はその論点であったと言ってもいいでしょう。強化された日米同盟は抑止力として長年にわたって日本とこの地域の平和に大きく貢献してきました。
 冷戦が終結し、地域紛争が多発する中、国連PKOへの自衛隊参加に道を開きました。当時も戦争への道だと批判されました。しかし、カンボジアで、モザンビークで、そして南スーダンで、自衛隊の活動は世界の平和に大きく貢献し、感謝され、高く評価されています。
 これまでも、私たち日本人は時代の変化に対応しながら、憲法が掲げる平和主義の理念の下で最善を尽くし、外交、安全保障政策の見直しを行ってまいりました。決断には批判が伴います。しかし、批判をおそれず、私たちの平和への願いを責任ある行動へと移してきたことが、平和国家日本を創り上げてきた。そのことは間違いありません。
 平和国家としての日本の歩みはこれからも決して変わることはありません。むしろ、その歩みをさらに力強いものとする。そのための決断こそが今回の閣議決定であります。」

↑ いやいや、だから必要はないではないですか。

「日本を取り巻く世界情勢は一層厳しさを増しています。あらゆる事態を想定して、国民の命と平和な暮らしを守るため、切れ目のない安全保障法制を整備する必要があります。もとよりそうした事態が起きないことが最善であることは言うまでもありません。だからこそ、世界の平和と安定のため、日本はこれまで以上に貢献していきます。」

↑ どんな事態を想定しているのか?

「さらに、いかなる紛争も力ではなく、国際法に基づき外交的に解決すべきである。私は法の支配の重要性を国際社会に対して繰り返し訴えてきました。」

↑ その通りです。

「その上での万が一の備えです。そして、この備えこそが万が一を起こさないようにする大きな力になると考えます。」

↑ そこでどうして「備え」が出てくるのか。「いかなる紛争も力ではなく」と言っていて、「大きな力になる」と言うのは、「力」が「備え」になると言っているようなもの。大きな矛盾。

「今回の閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため、直ちに作業を開始したいと考えています。十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に法案を提出し、御審議いただきたいと考えています。
 私たちの平和は人から与えられるものではない。私たち自身で築き上げるほかに道はありません。私は、今後とも丁寧に説明を行いながら、国民の皆様の理解を得る努力を続けてまいります。そして、国民の皆様とともに前に進んでいきたいと考えています。
 私からは以上です。」

↑ いままで築き上げてきた平和を否定するような発言。アメリカが作った平和憲法かもしれないけれど、そのアメリカを守るために集団的自衛権を行使するって、どれだけアメリカが好きなのか。



いやまあ、私の偏見もありますが、全く明快ではない冒頭発言で、モヤモヤだけが残る。スッキリしない。

理由や根拠の曖昧な点、ヒロイックに感じられる文言、これで国民を騙せると思っているのであれば、国民をバカにしています。薄っぺらく、陳腐さすら感じます。





神奈川新聞で、「集団的自衛権を考える」という記事が連載されている。

これが1回目の記事↓
http://www.kanaloco.jp/article/63143/cms_id/62934

つい最近の、22、23回目で安倍首相の発言を検証していて、こちらが非常に参考になりました。
22回目 http://www.kanaloco.jp/article/74005/cms_id/89627
23回目 http://www.kanaloco.jp/article/74054/cms_id/89783

神奈川県は、沖縄に次いで米軍施設の多い県です。住民のことを考えれば、真剣になるのは当然。

大手新聞が自粛しているように見えることも、どんどん報道してほしい。

神奈川新聞、頑張れ!




コメントを書きにくいことを書いていると思います。

今回もコメント欄を表示しないことにします。



想像しよう [プンプン]

集団的自衛権というものがいかなるものか、元自衛官による発言を見つけた。

●amenmamaさんのサイトより引用。
http://amenmama.tumblr.com/

『街頭にて 元自衛官 泥 憲和さんより

突然飛び入りでマイクを貸してもらいました。 集団的自衛権に反対なので、その話をします。 私は元自衛官で、防空ミサイル部隊に所属していました。 日本に攻めて来る戦闘機を叩き落とすのが任務でした。

いま、尖閣の問題とか、北朝鮮のミサイル問題とか、不安じゃないですか。 でも、そういったものには、自衛隊がしっかりと対処します。 自衛官は命をかけて国民をしっかり守ります。 そこは、安心してください。

いま私が反対している集団的自衛権とは、そういうものではありません。 日本を守る話ではないんです。 売られた喧嘩に正当防衛で対抗するというものではないんです。 売られてもいない他人の喧嘩に、こっちから飛び込んでいこうというんです。 それが集団的自衛権なんです。

なんでそんなことに自衛隊が使われなければならないんですか。 縁もゆかりもない国に行って、恨みもない人たちを殺してこい、 安倍さんはこのように自衛官に言うわけです。 君たち自衛官も殺されて来いというのです。 冗談ではありません。 自分は戦争に行かないくせに、安倍さんになんでそんなこと言われなあかんのですか。 なんでそんな汚れ仕事を自衛隊が引き受けなければならないんですか。 自衛隊の仕事は日本を守ることですよ。 見も知らぬ国に行って殺し殺されるのが仕事なわけないじゃないですか。

みなさん、集団的自衛権は他人の喧嘩を買いに行くことです。 他人の喧嘩を買いに行ったら、逆恨みされますよね。 当然ですよ。 だから、アメリカと一緒に戦争した国は、かたっぱしからテロに遭ってるじゃないですか。 イギリスも、スペインも、ドイツも、フランスも、みんなテロ事件が起きて市民が何人も殺害されてるじゃないですか。

みなさん、軍隊はテロを防げないんです。 世界最強の米軍が、テロを防げないんですよ。 自衛隊が海外の戦争に参加して、日本がテロに狙われたらどうしますか。 みゆき通りで爆弾テロがおきたらどうします。 自衛隊はテロから市民を守れないんです。 テロの被害を受けて、その時になって、自衛隊が戦争に行ってるからだと逆恨みされたんではたまりませんよ。 だから私は集団的自衛権には絶対に反対なんです。

安部総理はね、外国で戦争が起きて、避難してくる日本人を乗せたアメリカ軍の船を自衛隊が守らなければならないのに、いまはそれができないからおかしいといいました。 みなさん、これ、まったくのデタラメですからね。 日本人を米軍が守って避難させるなんてことは、絶対にありません。 そのことは、アメリカ国防省のホームページにちゃんと書いてあります。 アメリカ市民でさえ、軍隊に余力があるときだけ救助すると書いてますよ。

ベトナム戦争の時、米軍は自分だけさっさと逃げ出しました。 米軍も、どこの国の軍隊も、いざとなったら友軍でさえ見捨てますよ。 自分の命の方が大事、当たり前じゃないですか。 そのとき、逃げられなかった外国の軍隊がありました。 どうしたと思いますか。 軍隊が、赤十字に守られて脱出したんです。 そういうものなんですよ、戦争というのは。

安倍さんは実際の戦争のことなんかまったくわかってません。 絵空事を唱えて、自衛官に戦争に行って来いというんです。 自衛隊はたまりませんよ、こんなの。

みなさん、自衛隊はね、強力な武器を持ってて、それを使う訓練を毎日やっています。 一発撃ったら人がこなごなになって吹き飛んでしまう、そういうものすごい武器を持った組織なんです。 だから、自衛隊は慎重に慎重を期して使って欲しいんです。 私は自衛隊で、「兵は凶器である」と習いました。 使い方を間違ったら、取り返しがつきません。 ろくすっぽ議論もしないで、しても嘘とごまかしで、国会を乗り切ることはできるでしょう。 でもね、戦場は国会とは違うんです。 命のやり取りをする場所なんです。 そのことを、どうか真剣に、真剣に考えてください。

みなさん、閣議決定で集団的自衛権を認めてもですよ、 この国の主人公は内閣と違いますよ。 国民ですよ。 みなさんですよ。 憲法をねじ曲げる権限が、たかが内閣にあるはずないじゃないですか。 安倍さんは第一回目の時、病気で辞めましたよね。 体調不良や病気という個人のアクシデントでつぶれるのが内閣ですよ。 そんなところで勝手に決めたら日本の国がガラリと変わる、そんなことできません。

これからが正念場です。 だから一緒に考えてください。 一緒に反対してください。 選挙の時は、集団的自衛権に反対している政党に投票してください。 まだまだ勝負はこれからです。 戦後69年も続いた平和を、崩されてたまるもんですか。 しっかりと考えてくださいね。 ありがとうございました。』



イラン・イラク戦争(湾岸戦争)のときのことを思い出している。

あのとき、イランに残された日本人を助け出したのは誰かということ。アメリカ軍ではない。

誰もが知っている話だとは思うけれど、トルコがトルコ航空機を派遣してくれて、助け出してくれたのだ。

何かいい資料はないかと探したけれど、とりあえずNEVERのまとめ→『日本人を救出するために戦火の中フライトしたトルコ航空』


人を殺したり、傷つけ合ったりしていたら、こんなことは起こらなかっただろう。

救出しなければならない状況もなかったであろうし、人を助けた歴史があるから、助けてもらえたのだ。

殺された人の親族が、殺した人の親族を助けるだろうか。

やられたらやり返すのが心情だ。




いまこそ、想像力を駆使するべきときだと思う。



イラン・イラク戦争(湾岸戦争)が起きたとき、私は高校生だった。

その頃、付き合っていた男子は非常に敏感な人で、この戦争への反対意見をずいぶんと口にしていたことを思い出す。

私はと言えば、徴兵制ができて、同世代の男子たちがみんな連れていかれるようなことがあったらどうしようと、そんなことを考えていた。あのときだってあり得た話なのだ。

万が一のことが起きれば、連れて行かれてしまう年齢にぴったりだったから、これは一体どうなってしまうのだろうとない頭で想像した。

その後も、夫T君(その頃は夫ではないが)も徴兵されてしまったら、どうするんだ私……と、想像していた。もうほとんど妄想のようなものだけど。

しかし本当に、想像というのはそこまで及ぶものなのだ。

どうにでもできる解釈というもとで「集団的自衛権行使の容認」が閣議決定されたということは、いずれは憲法改正にまで持っていくだろう。

つまりは、戦争ができる国家になるということ。人を殺し、殺されて、そのうえで国の平和を守ろうという国家になるということ。国を守るために、人を殺し、殺されていいとする国家になること。

やったらやられ返されるということだ。

そんな国になっていいのだろうか。

私は嫌だ。







戦争のための税金なんて納めたくない [プンプン]

「集団的自衛権行使の容認を閣議決定した」以前からもちろんのこと、ムカつきっぱなしなのですが、「日本の政治は一体どうなっているんだ!」と怒っています。

何をそんなに急いでいるのかもわからないし、どこにメリットがあるのかもわからない。どこに敵がいるのか? 

集団的自衛権なんて、結局は憲法改正のための布石としたいがためのもの。

そして、まやかしとしか言いようのない言葉をずらずらと並べた会見をする安倍さん。陳腐な男だ。

国民を騙し、戦争をしたい、武器を買いたい、武器を売りたい、儲けたい、と思っている。

それを含めての集団的自衛権の行使。

これではまるで国民は税金を、政府・官僚、大企業のために納めているようなものではないか。

国民を人ではなく、駒としか思っていない。

戦争に行かされるのは誰だ? 



だいたい、一票の格差も是正されていない状態で選ばれたような政治家たちだ。

民意が反映されない間違った選挙制度で当選しているような人たち。そんな人たちが、国民のための政治なんてできるはずがない。全く信用できない。

(民意を反映しないための小選挙区制については、この弁護士さんがわかりやすく書いている→

本当にもう、世の中はどうなってしまうんだろう。国民の声が届かない政治って……。普通に生活している人たちが支えているんだよ。その支えている人たちを蔑にするなんて、頭がくらくらして鼻血が出そうになる。

ちなみに我が家のある選挙区は、一人あたり、衆議院議員選挙は0.44票、参議院議員選挙は0.26票でしかない。

衆議院は2人投票しても足りないし、参議院に至っては4人だ。4票必要なんだよ。なんだこれ……。

これは「住所差別」ともいう。ものすごい差別。

(自分の地域の選挙区が一人何票にあたるかは、こちらで確認ができる→



6月30日、7月1日には、官邸前に多くの人が集まり、デモが行われた。

NHKではほとんど報道せず。ネトウヨのコメントの多いYahoo! では、このことをトップページに載せることは一度もなかった。

想像力がない人たちなのだろうか。「解釈」というものがいかようにもできるということを、この時点で明らかになったのに……。

私はサヨクと言われてもいい。

戦争は反対だし、戦争のための税金は納めたくない。



国民の声が聞こえない政治家に、どうにか聞く耳を持たせたいけれど、きっと難しいのだと思う。

でもあきらめないで思い続けること、言い続けること。思念や言霊は、物だって動かす。

憲法第9条が守られるよう、こちらに署名した→



キヨシローが生きていたら、なんと言っただろうということも思った。

『銃を持ったら撃ちたくなる。
刀を持ったら斬りたくなる。
軍隊を持ったら戦いたくなる。
核を持ったら核爆弾を作りたくなる。
そして平和憲法を忘れてしまう。
「永久に戦争を放棄する。人間は平等である。世界の平和のために国として貢献する」。
日本の憲法第9条はまるでジョン・レノンと同じ ことをうたっているのです。
政治家のみなさん、アメリカに言ってください。
「もう戦争はやめましょう。人を殺したり傷つけるために武器を作るのは、もうやめましょう。そんな何千億円単位のお金があるのなら、平和のために使いましょう。人類は進歩すべきです。今でも世界では戦争が行われていて人々が死んでいます。アメリカさん、僕達と手をつないでいっしょに戦争がなくなるように努力しましょう」、と日本の総理大臣や外務省はアメリカをはじめ世界中に発信するべきだ。
だって僕達はいつまでも自分の国を信じられないでいるんですよ。
(ぼくの自転車のうしろに乗りなよ/第33回/2002年)』

これは↓「瀕死の双六問屋」の没原稿らしいです。
feh_bor_rou_sha.jpg


瀕死の双六問屋 (小学館文庫)

瀕死の双六問屋 (小学館文庫)

  • 作者: 忌野 清志郎
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2007/09/06
  • メディア: 文庫






それから、6月30日、7月1日は官邸前に行けなかったので、このTシャツ↓を着て外に出た。

襟には「OBSERVE ARTICLE 9(憲法九条を守ろう)」、背中には「renounce war forever(戦争を永久に放棄する)」と書かれている。
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くぅ~、剣さん、いかしている。



いつもは最後に「おしまい」と書くけれど、これは終われない。
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