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覚書き [家族の話]

覚書き。気休めとなるように。

http://apital.asahi.com/article/nayamu/2014052100008.html より。

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当事者は誰か [介護・看護・その他]

今回の義母の介護問題について、何が問題なのか、何を解決しなければいけないのか、誰が当事者なのかということをつらつらと考えていた。

どうしてこんなことを考えたかというと、猫のTBちゃんの病気の発症が絶妙なタイミングだったから。

これ以上、私が義母の介護に介入すべきではないという、TBちゃんの病気が神様の思し召しのような暗示であったように思うのだ。

TBちゃんが身をもって呈してくれたように感じている。

これ以上、私が介護に介入すると、きっと義兄嫁のご乱心が起こる。そのリスクが高まってきたように思っていた。そんなことがないように一線を引くように苦心をしていたが、そろそろ危い時期にさしかかっていた。

そんなときのTBちゃんの病気。通院や看護は大変ではあったけど、この間は、義母にも義兄夫婦にもそんなに絡まなくて済んだ。

夫T君もそうだ。仕事が忙しい時期で、その上にTBちゃんの病気。

意外なところで、大変なときにいつも忙しい義兄。この時期に出張で2週間あまり不在となっている。

つまり、この3人はこの問題の当事者ではないということ。そう感じている。

図らずも、義母がインフルエンザにかかった。施設にずっといるというのに。おそらく、通院はしているのでどこかの病院でうつったのだと思うのだが。

その義母。病気のせいで言葉が出づらくなっている。それだけでなく、インフルエンザで喉を痛め声が出なくなってしまった。

「口は災いの元」を地で行く義母は、言葉を失うという事態となっている。これはまさに当事者のひとり。

そして義兄嫁。

義母の難病のセカンドオピニオンを受けるために病院に行ったときのこと。義兄嫁は病院内でなぜか転倒をして、顔面を強打したというのだ。まるで殴られたかのように、まぶたを腫らせて、青たんを作っていた。

その顔でケアマネージャーさんとの打ち合わせの席に現れた。

この顔を見たとき、「これは義母の身代わりか?」と思ったのだけれど、それぞれの身に起こったことをつらつらと考えていくと、「そうか、この人も当事者なんだ」と思った。

そしてまさにその日は、TBちゃんの病気が発覚した日だったのだ。

暗示している。


ま~オカルティックなことかもしれないが、この義母の介護問題の根本にある問題は、おそらく義母と義兄嫁なのだと思う。解決しなくてはいけない当事者はこの2人なのだと思う。

どちらも、問題があるということは、ちっともわかっていないであろうが、この2人が変われば、円滑にことも運ぶことになるだろうなと思う。

気づけばいいけど、無理だろうな^^;




おしまい。


これも自分の覚書。nice!とコメント欄は閉じます。

そういうことか? [介護・看護・その他]

義母の介護問題は微妙な時期に入り、本人のたっての希望により、在宅介護を始めることとなった。

しかし、家族が介入するのは土日祝日のみ。平日は、ヘルパーさんの訪問、デイサービスの活用で乗り切ってもらう。まったく動けないわけではなく、痴呆もほとんどないので、部屋の改装(トイレのドアを換える)などをしたのちに、ショートステイ先から帰宅することになる。

もう心配しても仕方がないという心境になってきた。

義兄夫婦がメインとなって義母の介護のことを考えてくれているのだが、とにかく後手後手でイライラするのである。

でもこれを言っちゃー、私に介護のお鉢が回ってくるので、だんまりを決め込むしかない。なので心配するのはやめようと決意した。

そんなことを考えていたときに、ある一つの疑問が生まれた。

昔から感じていたこと。
義母はADHDの特徴を持った人だった。

どんな特徴かというと……。
・衝動的である。
・気が散りやすい。
・片付けが苦手である。
・人の話が終わるのを待てず、遮るように話しをする。
・一番になりたい。独占したい。順番が待てない。待つのが苦手。
・他人の行動に横から入り、すぐにちょっかいを出す。
・ささいなことで口論となり、我慢できないトラブルメーカー。
・モンスターペアレンツ。

自分では「言わずにいられない性格だから……」と言って、平気で人を傷つけるようなことを言うのは日常茶飯事であった。

要するに、「言いたい」という衝動を抑えられない人なのである。

そして、この人のこの特徴は一体何なんだろうと思い続けてたどり着いたのは、「大人のADHD」ということだった。


それはさておき今回、義母が難病指定されている病気であったとわかったとき、調べてみて「あれ?」と思ったことがあった。

難病のケアマニュアルにあったこの文章。

『PSP では、認知機能障害が出現し問題になることがあります。研究班の調査によりますと、認知症が出現するのは発症1~2 年目からが多いようです。
PSPでは前頭葉が障害されますが、前頭葉には動作の開始や終了したりする、いわばスイッチを入れたり切ったりする役目があります。スイッチが入らないと、動かなくなったりしゃべらなくなったりしますし,スイッチが切れないと、動作が終わらず同じ動作を続けるという症状が出る場合があります。
また「食べると危ないから食べないでね」と説明した時の返事はよくても、いざ食物が目の前にあると口に入れてしまったり、「危ないから一人で動かないでね」と説明しておいても、一人で動いて転んでしまうというようなことがしばしばあります。
わかってはいてもその場になると状況判断ができず、環境依存的に行動してしまう傾向があります。
記憶や失見当識(場所や時間などがわからなくなる)は軽いことが多いのですが、正解を得るまでに時間がかかるのが特徴です。
また病気の初期から手に触れた物をつかむ反射的な運動や、目の前にある物に手を伸ばしつかむ動作、指示されないのに相手の動作をまねる動作などを示すことがあります。』
(※PSPというのは難病の名称の略称。)

環境依存的に行動してしまう傾向というのは、義母に感じていた違和感(ADHDのような特徴)に似ているのではないかということ。

人が何かを話しているとき、義母に話しているわけではないのに、同じ言葉発しながらを横入りのようにして話し始めるということがたびたびあった。

そんなことが起こるたびに、私は口をつぐんで黙るようにしていたのだが、私が黙ると義母も黙るという。

何とも奇妙な現象に首をかしげるばかりであったのだ。

「これは一体何なんだろう」と。


そして難病となり、その難病のマニュアルを読んでいて思ったのが、PSPとADHDが似ているということであった。


でも似ているからと言って、関連性はあるのかと思って検索してみたら、こんな記事を見つけた。

パーキンソン病とADHDに共通点

PSPというのはパーキンソン病ではないが、酷似した難病だ。

そうか。神経伝達の障害が以前からあって、年老いてからはPSPになったということか。

たぶん、ではあるが……。

ドーパミンがうまく使えていない。そして前頭葉の機能障害。

ここにたどり着いて、「あ~」と大きく嘆息。

きっとこの人は、生まれたときから神経伝達の障害を持っていたのだと。


実は、できないことも多かっただろうと思う。でももともとの強い性格から、人にやってもらうことで乗り切ってきたのだろう。

人を傷つけながらも、何とかこれまでやってきたのではないかと思う。

家族が男だけだったということも、いい要因ではあったのだろう。言うことを聞いてくれる夫、息子を持って彼女はやってこられたのだ。

妙に腑に落ちるところにたどり着いた。


というわけで、この特徴を考えると心配事はたくさんあるのだが、私の知ったこっちゃない。いくら後手後手になろうとも義兄夫婦に介護をしてもらうしかないのだから。

とりあえず、何となくだけれど納得する事柄に出合ったということだ。


おしまい。

これは自分の覚書とするため、nice! とコメント欄は閉じます。

運が強すぎる結果か [猫]

間がぽっこり開いてしまいました。

いろんなことがあって、てんやわんやでした。

これもひとえに、運が強すぎる結果ではないかと、いまでは思っているのです。なんたって大晦日に引いた「大吉」。運が上向いてきたと思ったら、試練も強くなってきたと^^;

そんなことを考える日々でした。

今月のまさに節分の日。

猫のTBちゃんの具合が悪くなりはじめ、病院に駆け込んでからというもの、当初は薬でなんとかなるのではないかという感じだったのですが、その3日後に緊急手術と相成りました。

なんと、腸閉塞になってしまっていたのです。

それも詰まっていたものは、自分の毛玉……。

排泄できず、吐くこともできず、小腸に詰まるということがおきまして、一時はまさかの命の危機を迎えていたのですが、手術が成功して、いまは流動食をせっせと一時間おきに与えているような状況です。

手術を行った日は、「赤瀬川原平の偲ぶ会」が行われる日で、あえなくキャンセル。

その翌々日は、弾丸高知日帰り旅をもくろんでいたのですが、こちらもあえなくキャンセル。

そしていまTBちゃんの看病の日々。

その間、義母も介護問題も考えねばならず、ケアマネ―ジャーさんとの話し合いにも参加したりして、時間を細切れに使いながら、なんとかここまで来ました。

ブログの更新もままならず。


もうね、考えましたよ。おみくじの大吉はなんだったのかと。

そして冒頭の結論に至ると。

運が強いから、起こることも派手(笑)

そして運が上向いてきているからこそ、辛抱しなくてはいけないことも乗り越えられると。

すごおい前向きな考えに至りました。

そんな風に考えなくてはやってらんないよ、というのが本音なのですけどね。

いやでも、仕事が忙しいときではなくてよかった。

来月からは、また季節労働者のように夏の終わりころまで、何だかんだと仕事があるのでね。


ということで、少しご無沙汰をしてしまいました。

手術を終えて家に帰った来たばかりのTBちゃん。
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こんな様子で、いまは寝てばかりです。治ろうと頑張っているんですねえ。
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TBちゃんが元気になったら、今度は私が頑張って働く番です。

きっとこの運を上手に使わなければいけないのだと肝に銘じて。



おしまい。
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