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演劇ふたつ [芸術・文化]

ふたつの演劇を鑑賞してきました。

ひとつは、世田谷パブリックシアターで行われていた「DISGRACED ディスグレイスト/恥辱」。
もうひとつは、東京芸術劇場・シアターイーストで行われている「あの大鴉、さえも」。

ディスグレイストは、全公演が終了しているのでネタがばれても大丈夫ですね、はい。
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このお芝居は、小日向文世さんとヤスケンがどう演技をするのかが見たかったから行きました。

小日向文世さんのお芝居にも興味津々。

お話は人種差別を題材にしています。ぶっちゃけて言うと「アメリカで人種差別の対象となっていた人が、自ら人種差別をしているとどうなるか」というお話。その悲哀を描いていました。

脚本はニューヨーク生まれのアヤド・アフタル氏。2013年にピュリツァー賞戯曲部門を受賞し、ブロードウェイで上演されていたとのこと。名前からして、おそらく職業は違いますが、主人公がこの脚本家ではないかと想像できる。

かなり考えさせられるシリアスな内容でした。しかし日本人が果たして理解できるかと言ったら、完璧には理解できないのではないか。そんな感想を持ちました。

演じた人は皆日本人なので、見た目では人種の区別ができません。

話が進むうちに、ようやく誰がどの人種であるかが分かってきました。

小日向文世さん演ずるアミールがパキスタン系アメリカ人(アラブ人)で弁護士。
秋山菜津子さん演ずるエミリーはアメリカ人(白人)で芸術家。
で、この二人が夫婦。

安田顕さん演ずるアイザックはアメリカ系ユダヤ人でキュレーター。
妻のジョリーを演ずる小島聖さんはアフリカ系アメリカ人(黒人)で弁護士。

それから主人公アミールの甥として、エイブ(平埜生成さん)。

甥のエイブ以外の4人がまあとにかく議論しまくるのです。

テーマの肝を握るのはもちろん主人公のアミールで、パキスタン系であるということを隠すために名前も変えて弁護士として活躍しているのに、隠し続けていたことで、いろいろなところが綻びはじめるのです。

いい仕事、いい報酬を得るために、自分の感情を抑えて働く。でも妻はイスラム文化に傾倒し、甥はアラブ人であるということでいざこざに巻き込まれ、その周囲の環境から気持ちが揺さぶられていくアミール。

そして、友人であるキュレーターのアイザック、その妻のジュリーを交えての議論。お酒もどんどん進み、言い争いと言ってもいいくらいに白熱します。

全く善し悪しはわかりません。それくらいアメリカにおいて、人種差別というものは根が深いと考えさせられました。

後半、アイザックとエミリーが浮気をしていたことがばれ、夫婦関係が破綻。その後、アミールの弁護士の仕事がジュリーに奪われ、職を失います。

白人同士が結ばれ、黒人に仕事を奪われたアラブ人という図式になりましょうか。人種が絡みに絡んで理解を超えます。

最終的には「アイデンティティとはなんぞ?」ということが主題にはなるのかと思いました。人種のるつぼと言われているアメリカはニューヨークが舞台であるから、きっと観た人たちは一層考えさせられたことと思います。

しかし日本人はどうか。これは難しい。アメリカ系日本人と日本系アメリカ人の違いも理解できないんじゃないか? と。いや、アメリカ人の顔をした日本人。日本人の顔をしたアメリカ人。

きっと、アメリカ人の顔をした日本人は差別の対象になるかもしれないけれど、顔が日本人だと、あまり抵抗感はないのではないか。でも、アメリカでは差別の対象となるんだろうなあと想像してみたり。

つまり、日本人は外見で左右される、そのくらい日本人は日本人であると思っているから、このようなニューヨークにおける多種にわたる人種の絡みなどは理解できないのではないかということが、最後に思ったこと。

なので、日本人にはなかなか深く考えられないお話だと思いました。想像でしか考えられない限界があるということです。

ただ、日本には顕在化していない差別はいっぱいあるわけで、たとえば韓国や中国の人の顔は一見して日本人とは区別しにくいと思います。そのため表面的にはうまく付き合っているように思うのですが、心の底では少しは違いを感じているはず。でも表面には表れないから、むしろことは複雑かもしれません。

だけどこういう人種差別を考えることはほとんど日常ではないわけですから、やはり「ディスグレイスト」は日本人には理解しにくいお話と思いました。

役者さんたちはとても素晴らしかったです。小日向さんの強弱のつけ方がすごいなと。とにかくくるくると変わる。秋山さんは所作にも女性らしさと力強さが感じられてよかったし、平埜さんは粗削りだけど若者らしい役者さんで頑張っていました。ヤスケンと小島さんはちょっと発声に苦労していたよう。低く大きな声を出すのは大変なんだろうなあという印象を持ちました。

人種差別やヘイトについては言いたいことはありますが、ここはこのお芝居のお話ということで。



次の「あの大鴉、さえも」は、まだ公演中なので内容には触れません。
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えーと、現代演劇でした。男性3人で80年代に公演された話を、女性3人に演出しなおして作られています。

苦手としていた前衛的なお芝居で、何が主題かはわかりません。ナンセンスな不条理劇という感じなのかと。

これは片桐はいりさん、小林聡美さんが見たくて行きました。

演劇なのだけど、コンテンポラリーダンスと合体させた、何の先入観なしで観ていれば楽しい舞台だと思います。

でも片桐さんと小林さんが有名な役者さんなので、ダンス? ダンスをしている役者さん? 役なのか? と頭のなかで疑問符がたくさん飛んでしまって、なかなか舞台に集中することができませんでした。

しかしながら片桐さん、小林さんの演技もダンスもよくて、片桐さんにおいてはほぼ同じ世代です。それなのに、よく体が動いていて目を見開いてみてしまいました。すごい。そしてかっこいい。

小林聡美さんは、生で拝見するとすごく美しい人で、これまた驚き。テレビで見るおちゃめな感じとは打って変わって、とてもきれいなんですよ。なんか勿体ないなあ(何が勿体ないのかと言われても困りますが^^;)。

そしてもう一人、この方は存じ上げませんでした。パントマイムを主にされているパフォーマー、藤田桃子さん。

パントマイムでユーモアを培ってきているのでしょうか。実にユーモアが感じられる演技とダンスで、2人の女優さんを食う勢い。この人のパフォーマンスはまた見てみたい。

3人というのがいいのかなあ。うまくバランスが取れているようで、アンバランスにもなり、舞台の上でのその立ち居振る舞いが、いろいろなイメージを湧かせてくれるという、そんなお芝居でした。

オチはないんですよ。観客に勝手に考えろという、現代芸術にもよくある突き放した内容。

一種のハプニングと思ったらいいのだなと、私は理解しました。

個人的に強く印象に残ったことは小林聡美さんについて。「自由になれたんだね」と。「よかったね」。

おしまい。

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