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我が心の師(次点^^;) [言葉]

我が心の師(次点)の近田春夫さんが、いいことを言っている。


「我々はあなた方とともにある」
http://www.clubking.com/~kuwaharamoichi/D2/archives/2011/03/post_247.html


さすがっ!


(しかし、菅の字が間違っている…直して~^^;)





以下、いまの私の考え。

今回の地震と津波は天災だと思っている。
福島の原発の事故は人災だと思っている。

でも、起きてしまったことは、しょうがない。

原発の事故に対しては少なからず加担してしまっていたことに責任を感じている。

地球温暖化防止のために、電化、電化と言われてきていたことを許してしまっていたのだから。

それは責任として背負うべきものだと思っている。

しかしそんなことを感じているだけではなく、これからは、原発がなくてもできる生活を考えていかなくてはいけない。

どうしたらいいのか。

ただ闇雲に文句を言ったり、反対したりということだけでは何にもならない。

そのことにちゃんと気づき、そして、だったら何ができるのかを考えて、実行していくことが大切なのだ。

産業界には、省エネルギーの製品の開発、販売に力を注いで欲しい。

経済界には、そのための資金調達、投資を行って欲しい。

マスコミ・出版社は、情報や文化を伝達するという役割をきっちりと担って欲しい。

そして私たちは、身近な省エネを考え、実行し、さらに第一次産業を支えていくこと。


電力会社及び、その利権で恩恵を受けた人々には、自分たちがやってきたことをしっかりと反省し、自然を含めたみんなに謝罪をして、やらなければいけないことに力を注ぎ続けて欲しい。


政治家や官僚は、頭をフル回転させて、想像力を駆使して、ちゃんと交通整理をするべき。


そんな風に思っている。







追記

もうひとつ。日本人は人がよすぎるなと思うとともに、訳知りな感じになってしまいがちだと思っている。いやいや、やっぱり怒るべきときは、ちゃんと怒るべきだと思う。正当な怒りはちゃんと怒らないと。ね。
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言葉に左右されるというのは本当にある。 [言葉]

ラジオで「励まされた言葉」というのをリスナーに募集して、それを読むという特集があった。

いつも家ではラジオ(FM放送)をつけっぱなしにしているのだけれど、よく聞いているときと、そうではないときがある。ただ、こういう特集は、何となく耳に入ってしまい、「ふ~ん、そうなの」なんて感じで相槌を打ったりしている。

ところで、励みとなった言葉はいままでにあったか? と自問自答してみた。

考えていくと、何故か傷ついたときの言葉しか思い出せなくて、「私の人生暗かった~♪」なんていう気分になってしまった。

思えば小学校の5年生のとき。父が他界して引っ越しをせざるをえず(父が働いていた社宅に住んでいたから)、ようやく定住地(つまり母が家を買った)が決まり、転校した小学校でのことだ。

担任の先生となった女性からこんなことを言われたのを思い出した。


『可愛いのに無愛想ね』

よくもまあこんなことを言ってくれたものだと思うけれど、実際に無愛想であった私には「可愛いのに……」の部分は耳に届いておらず、「何を言っているんだろう、この先生」と訝しく思っただけだった。

結局、後からジワジワとボディブローのように、この先生の言葉は効いてきて、傷が広がっていったような気がする。

「そうか、無愛想というのはいけないことなのか」と。

「可愛い」の部分がどこかへ行っているんだけどね。

だいたいその頃、自分が可愛いなんて思ったことがなかったし、可愛いに価値があるなんて思ってもいなかった。なので、先生の言葉をまともに受け取ってしまったのだと思う。

いま思えば、ある種の嫉妬のようなものがこの先生にはあったのかもしれないなあと感じる。だって可愛いのに無愛想って……。「可愛いけど無愛想でよかった」とも聞こえるし、「もったいない」にも聞こえるし。

昔は可愛かったんだ、私……(笑)

もう一つ。『可愛いのに声が低い』ということも言われて、「そうか、声が低いのはよくないことなのか」と、また真に受けた私は一層しゃべらなくなり、一層無愛想になっていったのだった。


そして高校生のとき。美術を志していた私は絵を描くことが大好きで、もちろん科目としても美術を選択し、水彩画をせっせと描いていた。

そんなとき、一年間だったけれど講師としてやってきた美術の先生に言われた言葉がある。


『うまく見える絵だね』

これを言われた私は、あまりのショックと怒りで本気で筆を折った。絵を描くのを止めた。

そして自分の好きな絵を描くということを封印し、デザインのほうへ進んだ。

でも自分の好きな絵を描けないデザインは、私にはちっとも面白くなく、結局何もかも描くという行為を止めてしまったのだ。

選んだ職業といえば、書類をじっくり読み込んで、人の話を聞いて、文章を書いたり、切ったり、貼ったりという世界で、いま時点では全然違う道を選んだことになる。

本当に絵はすっかり描けなくなった。

実をいえばいまだに「うまく見える絵」というのがわからないでいる。

だって自分の絵がうまいと思ったことは一度もなかったから……。

全く、生徒の性格まで考えて言葉を発するということを、先生というのはしないんだなと思う。

無邪気に罪なことを言う人種だと、いまさらながら思う。


……ということで、私はいい先生にほとんど出会ったことがない。恩師と呼べる人もいない。なかには励みになる言葉をかけてくれた先生もいたのかもしれないが、全く記憶に残っていない。



しかし何にも励まされた覚えがない、なんていう不幸はないだろうと……。

考えてみる。



そういえば母に言われたことで、心に残っている言葉があった。


『夫婦が仲良ければいいじゃない』という一言。

別に何てことのない言葉なんだけど、義母にひどく文句を言われたあとで、母に弱音を吐いていたときに言われた言葉だ。

「あ~そうだよね~」って、思った。

傷ついたばかりのときというのは、非常に視野が狭くなっていて、それ以外は考えられないという状態になるけれど、ふっと視線の先を動かしてくれる言葉をかけてもらうと、視界が広がり、にわかに心が晴れるときがある。

そんな言葉が励みになるというものなんだろう。


もうひとつ。

もう6,7年前になろうか……。

真剣に夫T君の家族(義兄&嫁、義父母)には悩まされ、精神的な病に冒されるのではなかろうかというところまで行ってしまったとき、最後の手段に選んだのが霊能者に話を聞くというものだった。それくらいに追い詰められて藁をもつかむ思いで、その人に会いに行った。

事実、その彼女が言うことには病気になる寸前だったということ。そして、私のその状態を心配して、T君のご先祖様が彼女のところに来ているということだった。

彼女からは、どうしてそのようになったのかということと、どのように対処すればいいかということを聞いた。

さらに、おでこにあるチャクラがガチガチになっているから…ということで、そのチャクラをヒーリングしてもらったのだ。

そして最後に言われた言葉がこんなものだった。



『toroさんはね、幸せになるために生まれてきたんだよ』と。



これを言われたときは、うかつにもホロリと泣いてしまった。

おでこのチャクラも開いているし、心もゆるゆるになっていたときに言われたから、ホロリと来るのも当然といえるけれど……。


この言葉は、結局、いまも、いつも、何かあったときに反芻している。


「そうだ、私は幸せになるために生まれたんだ」と。





おしまい。


※最後はオカルトチックになってしまいましたが、こんなこともあるということで^^;
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地位ある人の言葉 [言葉]

夫T君に朝、「あんたはTシャツ一枚で過ごせるからいいよな~」と言われる。その後T君はポロシャツにコットンのジャケットを来て会社に出かけていった。

うーん、ま、私はそういう身分ということで(笑)

だけどね、どんとお金が稼げるようなガッツリ取り組める仕事をしたいものだよ、とも思っている。

しかし諦めにも近いものがあって、昔、いくら頑張って働いていても、男性と同じ報酬は得られなかったんだ。男性以上に働いているっていう状況でも。

はたまた正社員と全く同じ仕事をしていても、採用の違いから、低い報酬しか得られなかったこともあった。あの頃の上司である事務長はいつも申し訳なさそうな顔をしていたけれど…。いまの派遣社員や、請け負いもそうなんだろうなあ。全然変わらない。




さて、ずっと書こうかどうしようかと思っていたことがある。

三宅一生さんの寄稿文について。

三宅氏はオバマ大統領の就任、そしてその演説によって、いままで語ろうとはしなかったことを、7月14日付けのニューヨーク・タイムズへ寄稿している。

その報に接して、寄稿の全文を日本語に翻訳したものを探したけれど、どこにも見つからず、要約した新聞記事やネットの記事だけしかなかった。(つくづく思うがこういうときのネットというのは全くダメダ。ニューヨーク・タイムズの原文は見つけたけど、翻訳する力が私には全くない_| ̄|○ il||li )

しかし要約されたものは前後がカットされるために、真意を図りかねるため、とにかく全文が読みたいと思っていた。

すると、7月16日付けの朝日新聞の「オピニオン」という欄で全文が掲載された(やっと読めた)。

なぜ三宅氏が寄稿したかというと、今年4月にプラハで行ったオバマ大統領の演説が、三宅氏を突き動かしたということだ。

『大統領の演説は、私も「閃光」を経験した一人として発言すべきであるということ、自身の同義的な責任ということを、かつてなく重く受け止めるきっかけになりました。』とある。

つまりオバマ大統領がプラハで「核兵器のない世界を目指すと約束」したことに対し、三宅氏は自身の責任を果たさなければならないと感じたわけだ。

『1945年8月6日、私の故郷の広島に原爆が投下されました。当時、私は7歳。目を閉じれば今も、想像を絶する光景が浮かびます。炸裂した真っ赤な光、直後にわき上った黒い雲、逃げまどう人々……。すべてを覚えています。母はそれから3年もたたないうちに、被爆の影響で亡くなりました。』

イッセイ・ミヤケといえば世界的に有名なデザイナーである。こういう人は新しいデザインの洋服を発表することで自身の思いを表現してきていたんだと思う。であるからか…この人の発言というのは聞いたことがなかった。ましてや被爆者であることも全く知らなかったことである。

なぜ被爆していることを発言してこなかったかというと…
『服づくりのしごとを始めてからも、「原爆を経験したデザイナー」と安易にくくられてしまうことを避けようと、広島について聞かれることにずっと抵抗がありました。』と言っている。

利用されたくないという気持ちが強かったんだろう。

でも……。
『しかし今こそ、核兵器廃絶への声を一つに集めるときだと思います。広島市内では現在、8月6日の平和祈念へオバマ大統領をご招待したいという市民たちの声が高まっています。私もその日が来るのを心から願っています。
それは過去にこだわっているからではありません。そうではなく、未来の核戦争の芽を摘むことが大統領の目標である、と世界中に伝えるには最上の方策と思うからです。』

これは三宅氏だから言えることであって、一般の市民が言えることではない。だから三宅氏は寄稿したのだと思った。

ただこの全文を読んでわかったことは、これはアメリカ国民に向けての発言だということ。『過去にこだわっているからではありません』という行は、日本人に言ったってしょうがないことだから。

なるほど、と思った。

『先週(7月6日のこと)、ロシアと米国が核兵器の削減で合意しました。非常に重要なひとつのステップです。ただ、楽観してばかりもいられません。一個人、一国の力だけで核戦争を止めるのは不可能です。他にも、核のテクノロジーを手に入れている国々があると聞いています。世界中の人々が声をあげて、平和への望みを表明しなければなりません。』

なんだかね、こうやって三宅氏の言葉をキーボードで打っていると、アメリカ人って何にも知らないんだろうなって雰囲気が伝わってくる。こんなに平たく言ってもなかなか伝わりはしないんだろうな。

最後に、
『オバマ大統領が、広島の平和大橋(彫刻家イサム・ノグチが自身の東西のきずなへの証しとして、さらに人類が憎しみから行ったことを忘れないための証しとしてデザインした橋)を渡る時、それは核の脅威のない世界への、現実的でシンボリックな第一歩となることでしょう。そこから踏み出されるすべての歩みが、世界平和への着実な一歩となっていくと信じています。』と結んでいる。

長々と書いているが、私はこれは勇気ある発言だと思っている。エルサレム賞での村上春樹氏の発言も勇気あるものと思ったけれど、ある程度の地位を確立した人によるこういった発言は貴重であり、重みのあるものだ。

それをしっかりと受け止めたいと私は思うんだ。

これは地位を確立している人だからできる、プリンシプルのある発言といえる。思うに、それができる人は果たしてどのくらいいるんだろうかということ。

言える立場にあっても言わないのは「ずるい」と思う。

また受け止める土台もしっかりと作らないといけない。となると教育の問題になるんだろうけどね。


少し話が変わるが、クレイジーケンバンドの横山剣さんが、憲法第9条をもとにした歌を作ったことがあった。日本の憲法はアメリカが作ってくれたようなものだけど、今のアメリカはどうなの?…という歌だ。あ、誤解を招いてはいけないな。「アメリカン・ドリーム」という曲なんだけど、全く政治色はない。

ここで剣さんは、平和を望んでいることを歌いたいだけだったのだと思うのだが、「剣さんがこんな歌を歌うとは思わなかった」という意見が寄せられたらしい。

そのために剣さんは「そんなわけではないんだけど…」といいつつ、あまりこの曲をライヴでやらなくなった。

私は剣さんがこれを歌ったときは「すごいな」と思った。トンチキでしょうもないオヤジがいきなり歌いだしたから。勇気ある。

もともと剣さんは、娘に向かって歌っているような曲があって、「いつもいつの日も、たとえ何があっても君たちを守ってやりたい♪」と歌ってしまう人だから、そういう気持ちを持っている人なのだ。

だけど、それを批判するってどうなんだろうと思う。

言論の自由ってもんじゃないのかな。剣さんだから歌える歌っていうのがあるんじゃないのかな。

そのとき、そんなことを思ったんだけど。



少々長くなってしまいましたが、要するに地位ある人の言葉というのは重くもあり、伝わりやすくもあり。だからこそ、しっかりとした発言であるならば、しっかりと受け止めようよ、ということ。

そして、地位ある人は、一般市民がこのように言葉を受け止めるのだから、しっかりとした発言、ことさら勇気ある発言をしてくださいね、ということだ。責任を果たして欲しいと思う。




最後に、以前も書いたけれど、アーサー・ビナード氏のエッセイに書かれていたインドのことわざを…。

『包丁がメロンの上に落ちても メロンが包丁の上に落ちても 切られるのはメロンだ』


おしまい。
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