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砧公園 [芸術・文化]

4月9日までということで慌てて行ってきました。「花森安治の仕事」展。

本来ならば、2月の暇な時期にせっせと美術館めぐりをしたいと思っていたのですが、外壁塗装工事なんて始めてしまったもので、全く出かけることがなく、ようやく4月に入って気温も上がってきたことで行動する気になりました。

そしてもう少しで終わるよという情報を得ていた花森安治さんの仕事展。

幼いころから「暮しの手帖」を読んで親しんできた私にとって、行かないわけにはいくまいと思っていたのです。

砧公園にある世田谷美術館。最寄りの用賀駅からてくてくと歩いて行きました。
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桜が満開!
こんな遊歩道(車も通るけど)があります。
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少し前に、夫T君に「花森安治の展覧会に行ってくる」と言うと、「花森安治のことが好きなのか?」と聞かれました。

「なぜ好きなのか?」と聞かれることがよくわからないのですが、好きか嫌いかを考えると、人としてはおそらく変人らしい雰囲気を醸し出しているので好きにはなれないと思います。なんだかヘンテコリンな恰好をされている方でしたよね。

でもやってきたことといえば、実に真っ当で筋が通っていました。広告を取らずに「雑誌」を出版するということ。スポンサーを排除することで、いま流行の忖度をする必要がありません。思い存分に自分たちのやりたいことができます。

そしてずっと庶民の立場になって物を考えていたこと。いまの復興相(政府)のように「被災者に寄り添って……」なんて言っているクセに寄り添っていない人たちとは違いました。

そこが素晴らしい。

暮しの手帖を「悪い」と言える人は、暮しの手帖によくない評価をされてしまったものを作った人や企業くらいではないかと思います。

共謀罪なんていう法案が通ったら、摘発されてしまうかもしれないような内容かもしれません。でもそれだけ影響を与えるような記事を書かれていた、雑誌を作られていたように思います。幼心に「面白い!」と思わせていましたから。

私は暮しの手帖の商品テストが好きで、毎号、そればかり読んでいました。あとはお料理の記事かなあ。編みぐるみを作る記事もあった気がします(作った記憶が^^;)。

そして実家にアラジンのブルーフレームがありました。それはこの商品テストが影響していたんだろうなと想像に難くありません。

母が「暮しの手帖」「太陽」「文藝春秋」を本屋さんに定期的に配達してもらっていました。なので、必ず家にはこれらの雑誌があったのです。私が赤ちゃんのときに「太陽」をぐちゃぐちゃにしている写真があることを考えると、その頃から見ていたわけですよね。ぐちゃぐちゃにしているけど(笑)

暮しの手帖は実に独特な風合いのイラストを載せていました。花森安治さんの手によるものと、幼少期は知るわけもなく、ずーっと後になって知りましたが、フリーハンドの味のある線は好みでした。たぶんああいう線の好みは刷り込まれたものだと、いまになって思うわけですが……。

展覧会では、暮しの手帖の表紙の数々が展示されていました。それを見て行くと、当初のイラストから写真が加わってくるのですが、写真を見てもその印象が変わらないのです。もはや花森流と言っても過言ではない出来。面白い。

被写体のレイアウトがこれまた面白くて、楽しい。やりたくなるよなあ。

展覧会には終わり間近だからでしょうか。たくさんの人が訪れていました。お年を召した方も多く、懐かしそうに見入る姿に感慨深いものがありました。戦中・戦後の動乱期を生き抜いてきた人かもしれないなと。


世田谷美術館のある砧公園の桜は満開で、お花見で続々と人も集まってきていました。
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花森安治さんのお仕事と桜、いいものを見せてもらいました。

おしまい。
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演劇ふたつ [芸術・文化]

ふたつの演劇を鑑賞してきました。

ひとつは、世田谷パブリックシアターで行われていた「DISGRACED ディスグレイスト/恥辱」。
もうひとつは、東京芸術劇場・シアターイーストで行われている「あの大鴉、さえも」。

ディスグレイストは、全公演が終了しているのでネタがばれても大丈夫ですね、はい。
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このお芝居は、小日向文世さんとヤスケンがどう演技をするのかが見たかったから行きました。

小日向文世さんのお芝居にも興味津々。

お話は人種差別を題材にしています。ぶっちゃけて言うと「アメリカで人種差別の対象となっていた人が、自ら人種差別をしているとどうなるか」というお話。その悲哀を描いていました。

脚本はニューヨーク生まれのアヤド・アフタル氏。2013年にピュリツァー賞戯曲部門を受賞し、ブロードウェイで上演されていたとのこと。名前からして、おそらく職業は違いますが、主人公がこの脚本家ではないかと想像できる。

かなり考えさせられるシリアスな内容でした。しかし日本人が果たして理解できるかと言ったら、完璧には理解できないのではないか。そんな感想を持ちました。

演じた人は皆日本人なので、見た目では人種の区別ができません。

話が進むうちに、ようやく誰がどの人種であるかが分かってきました。

小日向文世さん演ずるアミールがパキスタン系アメリカ人(アラブ人)で弁護士。
秋山菜津子さん演ずるエミリーはアメリカ人(白人)で芸術家。
で、この二人が夫婦。

安田顕さん演ずるアイザックはアメリカ系ユダヤ人でキュレーター。
妻のジョリーを演ずる小島聖さんはアフリカ系アメリカ人(黒人)で弁護士。

それから主人公アミールの甥として、エイブ(平埜生成さん)。

甥のエイブ以外の4人がまあとにかく議論しまくるのです。

テーマの肝を握るのはもちろん主人公のアミールで、パキスタン系であるということを隠すために名前も変えて弁護士として活躍しているのに、隠し続けていたことで、いろいろなところが綻びはじめるのです。

いい仕事、いい報酬を得るために、自分の感情を抑えて働く。でも妻はイスラム文化に傾倒し、甥はアラブ人であるということでいざこざに巻き込まれ、その周囲の環境から気持ちが揺さぶられていくアミール。

そして、友人であるキュレーターのアイザック、その妻のジュリーを交えての議論。お酒もどんどん進み、言い争いと言ってもいいくらいに白熱します。

全く善し悪しはわかりません。それくらいアメリカにおいて、人種差別というものは根が深いと考えさせられました。

後半、アイザックとエミリーが浮気をしていたことがばれ、夫婦関係が破綻。その後、アミールの弁護士の仕事がジュリーに奪われ、職を失います。

白人同士が結ばれ、黒人に仕事を奪われたアラブ人という図式になりましょうか。人種が絡みに絡んで理解を超えます。

最終的には「アイデンティティとはなんぞ?」ということが主題にはなるのかと思いました。人種のるつぼと言われているアメリカはニューヨークが舞台であるから、きっと観た人たちは一層考えさせられたことと思います。

しかし日本人はどうか。これは難しい。アメリカ系日本人と日本系アメリカ人の違いも理解できないんじゃないか? と。いや、アメリカ人の顔をした日本人。日本人の顔をしたアメリカ人。

きっと、アメリカ人の顔をした日本人は差別の対象になるかもしれないけれど、顔が日本人だと、あまり抵抗感はないのではないか。でも、アメリカでは差別の対象となるんだろうなあと想像してみたり。

つまり、日本人は外見で左右される、そのくらい日本人は日本人であると思っているから、このようなニューヨークにおける多種にわたる人種の絡みなどは理解できないのではないかということが、最後に思ったこと。

なので、日本人にはなかなか深く考えられないお話だと思いました。想像でしか考えられない限界があるということです。

ただ、日本には顕在化していない差別はいっぱいあるわけで、たとえば韓国や中国の人の顔は一見して日本人とは区別しにくいと思います。そのため表面的にはうまく付き合っているように思うのですが、心の底では少しは違いを感じているはず。でも表面には表れないから、むしろことは複雑かもしれません。

だけどこういう人種差別を考えることはほとんど日常ではないわけですから、やはり「ディスグレイスト」は日本人には理解しにくいお話と思いました。

役者さんたちはとても素晴らしかったです。小日向さんの強弱のつけ方がすごいなと。とにかくくるくると変わる。秋山さんは所作にも女性らしさと力強さが感じられてよかったし、平埜さんは粗削りだけど若者らしい役者さんで頑張っていました。ヤスケンと小島さんはちょっと発声に苦労していたよう。低く大きな声を出すのは大変なんだろうなあという印象を持ちました。

人種差別やヘイトについては言いたいことはありますが、ここはこのお芝居のお話ということで。



次の「あの大鴉、さえも」は、まだ公演中なので内容には触れません。
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えーと、現代演劇でした。男性3人で80年代に公演された話を、女性3人に演出しなおして作られています。

苦手としていた前衛的なお芝居で、何が主題かはわかりません。ナンセンスな不条理劇という感じなのかと。

これは片桐はいりさん、小林聡美さんが見たくて行きました。

演劇なのだけど、コンテンポラリーダンスと合体させた、何の先入観なしで観ていれば楽しい舞台だと思います。

でも片桐さんと小林さんが有名な役者さんなので、ダンス? ダンスをしている役者さん? 役なのか? と頭のなかで疑問符がたくさん飛んでしまって、なかなか舞台に集中することができませんでした。

しかしながら片桐さん、小林さんの演技もダンスもよくて、片桐さんにおいてはほぼ同じ世代です。それなのに、よく体が動いていて目を見開いてみてしまいました。すごい。そしてかっこいい。

小林聡美さんは、生で拝見するとすごく美しい人で、これまた驚き。テレビで見るおちゃめな感じとは打って変わって、とてもきれいなんですよ。なんか勿体ないなあ(何が勿体ないのかと言われても困りますが^^;)。

そしてもう一人、この方は存じ上げませんでした。パントマイムを主にされているパフォーマー、藤田桃子さん。

パントマイムでユーモアを培ってきているのでしょうか。実にユーモアが感じられる演技とダンスで、2人の女優さんを食う勢い。この人のパフォーマンスはまた見てみたい。

3人というのがいいのかなあ。うまくバランスが取れているようで、アンバランスにもなり、舞台の上でのその立ち居振る舞いが、いろいろなイメージを湧かせてくれるという、そんなお芝居でした。

オチはないんですよ。観客に勝手に考えろという、現代芸術にもよくある突き放した内容。

一種のハプニングと思ったらいいのだなと、私は理解しました。

個人的に強く印象に残ったことは小林聡美さんについて。「自由になれたんだね」と。「よかったね」。

おしまい。

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久しぶりの更新は…… [芸術・文化]

一カ月近く更新を怠っていました。

この間、1人で夜中に「EURO2016」を観たり、ゴルフの「全米オープン」、ラグビーの親善試合を観たり、TVでひたすらスポーツの試合を観ていました。

何も考えたくないというのが本音で、目の前にある真実だけを見ていたいという気になっています。

何度も記していますが、日本の政治の大うそや、大企業の隠ぺい体質、マスコミの偏向報道などなど、見ていて嫌になっているのですよ。そんな話はもう聞きたくない。見たくない。

なので、スポーツのライヴ放送に癒しを求めていると言っても過言ではない、そんな感じです。

それだけではなく、できるだけ「生」を見ていこうという気になっています。友人の個展に行くなんていうのも、その一環。実物を見に行くことが、自分のためにもなると、そんな気がしています。

いや、いま見ておかないと、いずれ見られなくなるのではないかという、どこかで不安を抱いているというのも事実です(自分の老い先も短いですしね)。


最近は演劇(お芝居)を2回連続して観てきました。

お芝居は、これも以前に記したと思いますが、説教くさかったり、前衛的過ぎてよくわからなかったりして、あまり好きではありませんでした。

若い頃の観劇体験がよくなかったんだなあと、いまになって思います。実験的というものに面白さを求めたものの、観てみてあんまり感動しないという……。あとやっぱり素人に毛が生えたようなのはよくない。観客が役者を育てるという意味では、新人を発掘するような気持ちで見るといいのかもしれないですが、そこまでお人好しではないんで(笑)

でも、役者さんや演出家、脚本家がちゃんと揃ったものであれば見ごたえのあるものと改めて感じ、見てみたいと思った役者さんが出演する芝居を選んで観に行こうと決めたのでした。「生」に勝るものはない。

それが今月は2つ重なりまして、夫T君も巻き込みながら、観に行ってきました。

まずはこれ。
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小泉今日子さんの個人事務所である「明後日」が初プロデュースした作品「日の本一の大悪党」。

小泉今日子さん(キョンキョン)の初演出もさることながら、安田顕さん(ヤスケン)の実物を見てみたかった、という作品です。

キョンキョンの最近の活躍ぶりは目を見張るものがあって、自力でよくここまで確立してきたと感心していました。芸能界の嫌な面にも遭遇しているのでしょうが、それをものともせずにここまでやってきたと。エライ! アイドルだったのにね^^;

ちゃんと芸事に向き合って行こうという姿勢が窺えて、とても好感が持てます。

さて、この作品は「四谷怪談」をモチーフにしたお芝居でした。四谷怪談ってどんな話だっけ? というくらいろくな知識もなく観劇しました。

四谷怪談について、詳しくはwikiでどうぞ→四谷怪談

お岩さんの怨念が次々と災いを起こし……という部分に、異なった解釈を加えて新しいお話にされていました。一言で言うと純愛物になるでしょうか。あるところで愛が誤作動を起こし、話を混沌とさせるのですが、最後には主人公が大見得を切って、その愛を昇華させるという、そんなお話でした。

雑な説明……すみません^^;

あらすじは、wikiにある「東海道四谷怪談」とほぼ同じですが、日の本一の大悪党としての説明はこちら(公式サイトの紹介文から)。 

『お日様の匂いのするような優しい伊右衛門と、
 ただただ伊右衛門を愛し、尽くすお岩。
 でもお岩には誰にも言えない秘密がある。
  気っ風のいい年増のおばさんのお梅は伊右衛門に一目惚れ。
  伊右衛門の幼馴染、松之助の密かな想い。
  日向の匂いに惹きつけられたお人好し達にやがて悲劇が訪れる。
  誰も悪くない。
 みんな誰かを愛してる。
  今も昔も変わらない普遍的な愛の物語。』

芝居の内容は別として、キョンキョンの演出に注目していたのですが、自分以外の役者さんをずいぶんと引き立てていたように感じました。お岩さんという役を本人が演じていたにも関わらず、脇役っぽい立ち居振る舞い。まあ、最後のシーンなどは、キョンキョンがいいとこどりをしているんですけどね^^;

ヤスケンの殺陣シーンは迫力がありました。大変だったろうなあと。

なにしろ、うっかり一番前の真ん中の席が取れてしまって、「ちょっともう近すぎて恥ずかしい」って場所だったんですよ。唾が飛んできそうな……(笑)

映画と同じで、一番前は見るのは厳しいです。舞台全体を見ることができないし、首が痛くなりました。

つまりは役者さんをじっくり見ることができたお芝居ではあったということです、はい。

でもね、よかったんですよ。お梅さん役をされていた脚本家(竹田新さん)でもある山野海さん、津村知与支さん、福島マリコさん、浜谷康幸さん、渡部豪太さん……みなさん、しっかりとした役者さんたちでした。素晴らしいと思いました。

あとね、パンフレットがおしゃれに仕上がってます。写真や色調がいい。



次に観に行ったのがこれです。
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志の輔さんの落語をお芝居にしたものです。

座長は中井貴一さん。中井貴一さんの座長公演を2回観たことになります。1回目は「趣味の部屋」。

単純に中井貴一さんファンだからというのがありますが、パルコ劇場が改築される前の公演ということで、観ておかなくちゃと思ったこともあります。それから音尾君を観てみたかったから。
(これでチームナックスのうち、洋ちゃんだけ実物を見ていないということになりました^^;)

志の輔らくごがもとになっているということであれば、面白くないわけがない。とても笑えるお芝居になっていました。

ただ4つの落語を組み合わせているので、んん? これは要らないんじゃないの? というところもありましたが、それは役者さんの力でぐいぐい持って行ったという印象。勝村政信さんの力は大きかったなあ。

中井貴一さんは安定の演技。

へえ、と感心したのはYOUさん。声が小さくて、舞台は無理なのでは? と思っていたのですが、いえいえ、なかなか大きな声が出ていて驚きました。面白いし。

この2つのお芝居を観ていて思ったのは、舞台出身の役者さんは声が大きくて、やっぱり舞台映えするということ。キョンキョンも中井貴一さんも声が少々小さくて、それが残念でした。

それから、メルシー! のほうは後ろに座っていた女性が笑うところでもないのに、大声で常に笑っているというしょうもない災難に遭ってしまって、セリフが聞き取りにくいという珍事(?)

お芝居を観に来ていたというより、笑うために来ていたという女性のようでした。こういう人はちょっと困る。




はてさて、舞台でのお芝居はやらないと言っていた役者さんが、最近ではどんどんと舞台へと進出してきているように思います。

やっぱりライブが楽しいと思うようになってきているのかなあ、と。

結局、身近にリアルに感じていたものが、ネット社会のお蔭で何もかもバーチャルな感じになってきてしまっていてモヤモヤしているのではないか。そう感じる人が多くなってきているのではないかと思うのです。

その反動での舞台。

実際、私はそうです。バーチャルはやっぱり信用できないし、真実ではない(のではないか)と思っています。

さらに、TVドラマや映画はまた別物で、観客としての私はいいのですが、おそらく役者さんたちは何かやっぱり面白さをライブに求めてきているのではないかと思うわけです。

舞台だと観客のレスポンスが直に感じられるはずですから。そこの違いが大きいのではないかと、そんなことを考えました。


ミュージシャンもライブがあってこそ。

米国などではよく行われている、作家による朗読とかも、これからは行われるようになるかもしれませんね。


やはりライブで見聞したものが、血となり肉になっていく。


それはそれは大切なことだと思いました。





おしまい。



追記
サヘル・ローズさんの実物を見られたのもよかったです。彼女の壮絶な生い立ちはご存じの方も多いと思います。TVで見かけるたびに応援していました。なんかね、このお芝居に出られてよかったね、と思いました。
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アートフェスティバルもろもろ [芸術・文化]

秦野まで友人の個展を見に行ってきました。

4月の終わりから、5月いっぱい行われていた丹沢アートフェスティバルのなかで行われた個展です。

丹沢と一括りにしていますが、秦野市内と足柄、小田原、大磯、平塚、伊勢原、厚木が会場となっていて、かなり広範囲なイベントのようです。

実はこのアートフェスティバルを知ったのは昨年のことで、「へえ、こんなことをしているんだ」と感心していました。

そのなかで、友人もずーっと関わっていたようで……。

絵を描いていると聞いてはいたけれど、同じ県内に暮らしながら全く音信不通だったのです。

ところが恩師が亡くなって、お墓参りに行こうと言い出したことをきっかけに、昨年、20数年ぶりに再会しました。

そして今回、個展の案内状を送ってくれたので、いそいそと行ったのでした。
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美術館というけれど、こじんまりとした素敵なgallery。
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作品は写真撮影不可だったので、ここに載せることはできないのですが、はがきに印刷してあるような絵がいくつかと、彼女のご主人が作っていた関係から作られた鉄のオブジェがいくつか。

外見やしゃべり方はほわほわしている彼女なのですが、柔らかい風合いながらも意志の強さを感じさせる作品の数々で、見ていてうれしくなりました。ずっと続けてくれていてうれしいというか、羨ましいというか^^;

私は芸術作品を自ら作り出すということを諦めた人間なので、何十年も続けている彼女の姿が眩しくて、そして感動をするという……。

2年前にご主人を亡くされているのですが、そのご主人の作品が秦野駅の南口にあるということで、それも見てきました。
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ご主人のこともあんまり知らなくて、いまさら友人だ、なんて言っていいのかと思うくらいで……^^;

外からこの夫婦のひととなりを、最近になって知ることとなり、いままで私は一体何をしていたんだろうと、頭のなかをぐるぐると探ってしまいました。彼女はこういう生活をしていたんだなと。これを読んで泣けてきました。→


前回の「藤野ぐるっと陶器市」に行ってから、この丹沢アートフェスティバルのなかの個展に行って思ったのは、藤野の陶器市もアートフェスティバルのようなものだったのだなということでした。作品(陶器)を売るから「市」という名をつけているけれど、作品を見せるという役割も担っているのだから、アートフェスティバルだよなと。

友人の作品にも一つひとつ値段がつけられていましたし、芸術作品という売り物と思えば、そうなんだよなあ。

ただ、藤野で覚えた違和感は変わらないですけれど……。

そんななか、丹沢美術館で「逗子でもアートフェスティバルがあるんですよ~」という声を聞きました。

どうやら、丹沢アートフェスティバルよりも歴史は古いようです。

ということで、県内のそういったイベントを検索してみると、あるある。

ASHIGARAアートプロジェクト(アートフェスティバル)
極楽寺・稲村ヶ崎アートフェスティバル
逗子アートフェスティバル
県外、全国を見ても、たくさんのこういったイベントが行われていることを知りました。


これらのイベントに触れてみて思ったことがあります。

ゆとりがあるとき(たとえばバブル経済のとき)に芸術・文化が栄えるということを、これまでの歴史のなかで語られて(学んで)きましたが、これほどまでに経済が回らなくなった日本に必要なのは、やっぱり芸術・文化なんじゃないかということ。

これからは第3次産業だ、サービス業だ、と言われて久しいですよね。介護にしても保育にしても、全く経済の担い手として優遇されていないし、相変わらず第2次産業に力を入れている国に対して、日本の未来を全然考えていない。なぜ? と思います。

うちの地元では「手づくりマルシェ」というイベントが年に2回行われています。年々、集客数も伸び、3万人以上が訪れるというのです。

私自身は、前記事にも書いた通りに、素人に毛が生えたような人の「手づくり」がちょっと苦手なので、あんまり食指が動かないのですが、こういうものを必要としている人が多くなってきているということに着目すべきだと思うのです。

内需拡大をするためには、大手の製造業が作ったものではなく、これからは個人の手による「作品」なのではないかと。

ちょっと調べただけでも、これだけのアートフェスティバルや(陶器市や手づくりマルシェのような)市場があり、そこに集まる人も増えているという、この現象を考えのなかに入れないわけにはいかないのではないかと。アニメ産業が注目されていますが、一方でこういった個人による手づくり産業もあるのではないかと思うのです。

そう思うと、職人さんの仕事というのも、このなかに入るのかもしれません。

まあ、でもそういう意味では、もう個人個人で頑張るしかないんだよというようなことなのかもしれないけれど、その個人個人が繋がって未来を作っていくしか、日本には残されていないのではないかと感じています。

産直市場にしてもそうだし、第6次産業と言われるものも、こういったものの一つになるのでしょう。

話は壮大になってしまいますが、日本の製造業というのは、どんどん個人の手にかわっていくのではないかということ。

ゆとりがあるから芸術・文化ではなく、もう行きわたったから芸術・文化しか残っていない。個人の選択はそちらに向かっていると、そう感じた次第です。

ちょっとざーっと考えを記したわけですが、でもまだまだ考えが足りないような気もします。

このことは、これからもう少し深く考えてみようかと。

何かまた考えついたら書くかもしれません^^;




最後に、アートフェスティバルを調べていて行ってみたいと思ったところがここ。

てしかが極寒Artフェスティバル
極寒のなか、楽しそうだわ~。



おしまい。



おまけ。

秦野で不思議な場所がありました。観音堂と教会が向かい合っているんですよ。

この観音堂の向かいに・・・・・・。
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この教会がある。
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観音堂のとなりには神社もあったりして不思議な空間。

結構秦野は面白かったです、はい。
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同じ県内だけれど [芸術・文化]

藤野ぐるっと陶器市に行ってきました。

猫のtbちゃんの投薬があるので、遠出ができず、さらに引き篭もりに拍車がかかっているところに、夫T君が車を出してくれるというので行ってきました。一度行ってみたいと思ったので、T君の申し出はありがたい。

車の免許は持っていて、取得した初めのころだけ運転はしてみたものの、これは私には向かないと思って運転を止めて早ウン年。しかし行ってみたいなあと思うところは、車でなければ行けないところが多くて、これでよかったのか、、、とこの年になってまた考えてしまっています。

どうなんでしょうね。まあ、いいや。

それはさておき、藤野ぐるっと陶器市。

「ぐるっと」とうたっているように、20ほどの会場に分かれています。その内の6つに行ってきました。

まずは「ふじのアートヴィレッジ」。
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たどり着いてみて「あ、見たことがある風景」と思いました。

いくつかの小屋で構成されていて、その一つひとつでアート作品が販売されています。陶器市と言っていますが、陶器だけではなく、ガラス製品、革製品、木工などいろいろ。

またも猫飼いあるあるで、猫をモチーフにした陶芸作品を販売しているところで、猫の小さな植木鉢を購入してしまいました。

屋根にも猫。
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次に向かったのが、「日だまりの家」、「静風舎」、「F's gallery」、「FOREST MARKET」の4つが集まった場所。
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F's galleryは古民家を改装したような建物に設えられていて、テラスには食堂があり、面白い造りの場所でした。

ただし、テラスがまさに崖の上で、高所恐怖症の私にはNGなところでそそくさと退散^^;

FOREST MARKET、F's galleryも陶器だけではなく、藍染めがあったり、鉄の小物があったりといろいろ。

日だまりの家の外では、地場の無農薬のハーブや野菜が売られていて、いくつか購入しました。さすが、無農薬でしっかりと栽培しているせいか、食べてみると野趣あふれるというか、しっかりと野性味のある野菜でびっくり。普段どれだけ軟弱な野菜を食べていることか(笑) とはいえ、ちょっと強すぎる野菜は生では厳しいかもと思ったのも事実。火を通していただきましょう、はい。

そして最後に向かったのは、「gallery studio fujino」。
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車を路上駐車して、この川を渡って会場に向かうように作られています。川から会場までの土手が急な階段状になっていたため(写真の階段ではありません)、ちょっとお年を召した方がのぼるのが実に難儀そうで、途中で「何でこんなところを行かなくてはいけないの」と嘆いていました。まあわからなくはない。

でも、足の悪い人が行くには無理がある。確かにそんな場所。

置いてあるのは陶器や竹製品、骨董などで、購入には至らなかったけれど、なかなか見ごたえのあるところでした。

食べ物もおしゃれな感じで用意されていて、あっちこっちを巡るのではなく、ずっとここでのんびりするというのもありかもしれないと思いました。
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茶畑もあるんですよ。
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「藤野里山茶」あるいは「足柄茶」という名で売られているようです。なるほど。

もうひとつ。「龍夢万華鏡工房」というところにも行ってみたかったのですが、なにしろ細い山道。山道は大丈夫だけど細い道を好まないT君に車の運転をしてもらうのは申し訳なく、その上、遅くなったら渋滞が心配でここで撤退。

とても天気の良い日だったので、いいドライブになりました。



なんというか、陶器市とは名ばかりのイベントとは思いました。芸術を見せるイベントですね。陶器市とはちょっと違うなと。(出店紹介を見ると確かに陶器ばかりなのだけれど、訪れた場所の違いか……。)

本音を言うと、田舎暮らしを始めた人たちの、「趣味」を見せられたような気が少ししたのも事実でして。

環境や作りは、実にいいところで、確かに田舎暮らしを始めるにはうってつけのところだと思うのだけれど、芸術を楽しんでいる人の集まり……。

田舎で現金収入が必要だという人もいるでしょう。一方で、ちょっとお金に余裕があって、田舎暮らしがしたくて、そして趣味の芸術作品を売ってもいいかなあ、という人たちもいるかなと感じたのです。

そういうのは私は苦手でして、共感できません。

なかには、欲しいと思うようなものを作っている人もいると思いますが、基本的には、そういう人の作ったものはあまり買う気にはならないのです。

才能があって、これからの成長を見てみたいと思うこともあるけれど、やっぱり素人にちょっと毛が生えた程度では「むむむ~」と思ってしまうんですよね。覚悟が感じられないと。

そうだな、覚悟。責任感と言ってもいい。自分の作ったものに覚悟があり、責任感がある人のものを見たいし、買いたいと思う。

益子の陶器市に行っても、そんなことを考えた一瞬がありました。作家さんの陶器も伝わって来るものと伝わって来ないものがある。それはある種の覚悟なんだろうなあと。


藤野では、芸術作品として販売している、とてもお高い陶器がありました。でもこれも違うな、と思ってしまい、実に複雑な心境になりました。「陶器市」なのですから、おそらく一般市場に比べればお安く設定していると思うのですが、それにしても高い。要するに、ただのgalleryなのではないかと受け取れる、そんな会場もありました。

覚悟のあるちゃんとした芸術作品だけど、「市」という趣旨に反しているよねと。人に見てもらうには、いい環境(イベント)ではあると思います。でもねえ。だったら銀座ででも開催したら? という感じ。

プライドなのかなあ。

切り詰めて、一生懸命生活して芸術作品を作っているんだなと思う一方で、こういうのを見せられてしまうと本当に唸るしかなく、眉間にしわを寄せてしまいました。斜めに見すぎなのかもしれないけれど。

ともあれ、藤野自体はいいところで楽しかったです。





次回は「丹沢アートフェスティバル」のことを少し。


おしまい。
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巣篭り [芸術・文化]

ご無沙汰をしております。

1カ月以上放置していたら、広告が掲載されるようになってしまって、「あいや~」と思っていましたが、なかなか重い腰をあげられず。

PCを起ち上げるのもなんだか憂鬱な日々でして。(原因はわかっているんですよ。Windows10に無理やりアップデートされてしまうというのを聞いて、その作業を行わなければならんのかっ! と考えたら、本当に憂鬱で憂鬱で。使い慣れているものを変えるということが、年齢を重ねるごとに面倒になっていくという、それです、はい。で結局アップデートをまだしていないんですけどね。自動更新を阻止しております^^;)

新しいこと、違うことを始めるのに、大きな勇気が必要になってきたという情けなさ。

どうしたもんでしょうね。

そんなわけで、巣篭りならぬ、放置プレイが続き、いまに至ります。


とはいえ外出はしていました。写真が少したまっているのですが、これだけはまず……。

今年2月14日まで行われていた、東京都現代美術館での「オノ・ヨーコ展 YOKO ONO:FROM MY WINDOW」。

休日を利用して、夫T君が展覧会に行くついでに「深川七福神めぐり」もしたいと言い出したので、それに合わせて行ってきました。

本当は一人で行こうと思っていたんですけどね。なぜかというとT君はオノ・ヨーコさんが嫌いだから。

男性は嫌っている人が多いと思うのです。あのヨーコさんですからね。エキセントリックともいえるあの姿を見ると嫌な気分になるんだろうなと。

でも作品はとてもコンセプチュアルで、イマジネーション豊かだし、見ていて(読んでいて)面白い。若かりし頃、「グレープフルーツ」を見た(読んだ?)ときの感動たるや、凝り固まった思考が解き放たれるような感覚を覚えたものです。そのくらい私は影響を受けたのですが、男性であるT君にはなかなか理解されないというわけです。

なので、一人でゆっくりと行こうと思っていたのですが、まあいいや、T君も行く気になっているからせっかくだし、と思って。行ったのは1月17日でした。

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東京都現代美術館を訪れるのは初めてで、清澄白河駅を利用することも初めて。全く歩いたことがなかったところなので、七福神めぐりもしたことで、あの辺りの雰囲気をじっくりと味わうことができました。

ドリップコーヒーブームの火付け役「ブルーボトルコーヒー」の前を通ったり(←入ってない^^;)、ブリオッシュにジェラートを挟んで売っている「ブリジェラ」の前を通ったり(←食べてない^^;)、新しいお店がいろいろあって、面白いところでした。焙煎コーヒー屋さんがいくつかあって、その一つには入ってコーヒーをいただきましたが、そこも面白いお店でした。なんだろうなあ、この面白さは。清澄白河って、なにかそんな引力があるのか……と思って見たり。

そして七福神めぐりを終えて、ようやくオノ・ヨーコさん。

写真を撮ってもいいところで、パノラマ撮影です(クリックすると大きくなります)。
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基本的に、ヨーコさんが使う言葉はポジティブなんですよ。深刻に受け止められそうな言葉も「ちょっと待って。視点を変えてみなさい。視線を動かしてみなさい」という意味を含めて読ませるのです。

「FROM MY WINDOW 」というタイトルに込められたものを考えると、「窓枠から見るものも、窓枠は同じだけど、見る人によって違うわよね」と言っているのだと思うのです。その上で、「深刻に受け止めることもできるけれど、そうではない見方もできるのよ」と言っているのだと。

これは初期の作品(ハプニング)からも感じられるもので、ジョンさんが作った「イマジン」もそこに影響されていると思っています。

「想像してみなさい」というわけです。

そんな一連の作品に触れていると、何だかやっぱり解き放たれる瞬間があって、「あ~頭を柔らかくしなくちゃいけないなあ」と思うのでありました。

エキセントリックにキーキー言っているようなお婆さまに見えるけれど、とってもやさしさに溢れていると、私は思っています。

「wish tree」。
清澄白河5.jpg

清澄白河6.jpg

ジョン・レノンの命日(現地時間では12月8日だけど)。祈る日にしましょうという、これもコンセプチュアル・アートの一つと言えます。

ジョン・レノンの名前は出さず、wish treeという名のもとに、下手な偶像崇拝にしないところもオノ・ヨーコさんらしいと思います。



ということで、久しぶりの更新はひとまず。



世界に平和を。lasting peace。


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LIVE! [芸術・文化]

誕生月間も終了しました。

その最後の記事です。誕生月間と言えど、最初と最後は月が違うんですけどね^^;

まずは10月19日。ホール&オーツのライヴに行ってきました。
ホール&オーツ.jpg

場所は武道館です。

最近とくに感じているのですが、ネットで見聞きできることが増えて、それもお安く利用ができ、気軽さが増している音楽などの文化もろもろ。果たしてこれでいいのかな? と感じることが多くなってきました。

「リア充」ではありませんが、リアルに勝るものはない。そう思うのです。

それも「観ておかなくちゃ」と思うような年齢(自分も対象者・物も)。いつか観られなくなる日が来るのではないかと不安も押し寄せます。

そういう気持ちを背景に、せっせと観たいと思ったものには足を運ぼう! と、この2年ほどの間に感じ、実践しているのでした。(たぶん50歳を超えたということがやっぱり大きいかも……)。

その一環です。ホール&オーツのライヴに行ってきましたよ。

1976年、77年に、もちろんラジオで出会ったホール&オーツですが、「リッチガール」を聞いたときの新鮮さが忘れられず、ちょうどいろいろなジャンルの音楽を聴いていた時期だとは思うのですが、ふっと新しい音が聞こえた! という新鮮なイメージが強く残っています。

自分の感受性も強かった年代ではありますが、この頃の記憶というのは大きくて、本もたくさん読んではいたけれど、音楽もたくさん聞いていました。そのなかから浮かび上がったホール&オーツなのでした。

リッキー・リー・ジョーンズもこの頃かな? 「Chuck E.'s In Love」を初めて聞いたときの感動とか、似てる(笑)

わりと最近のことで言えば、ジョン・レジェンドやノラ・ジョーンズが出てきた感じ……と言ってもわかりづらいですね……。

そういう印象を持っていたホール&オーツが久々に来るというので「行っておかなくちゃ」と思って、チケットを取って行ってきたのでした。

コアなファンではないので、回りのお姉さん方の熱気には少しやられてしまいましたが、ライヴで演奏した曲は全部知っているという快挙(!?)で、少し驚きました。実はレコードもCDも持っていなくて、大昔、カセットテープにラジオから録音した記憶があるくらい。ま~FM放送をずーっと流しているような家だったので、耳にずっと残っていたのかもしれませんが、しかし……。

きっとヒットした曲ばかりを演ってくれたのでしょうね。なので楽しいライヴでした。

残念だったのは、ライブの時間の短いこと。1時間半で終了でした。持っている曲は多いだろうに、ライヴでは演奏できないということなのかなと思いましたが、後半になるにつれ、ダリルの声がだんだん出てこなくなってきたので、これが理由かなと。お互い年齢を重ねています^^;

最近の「rich girl」



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そして次に行ったのは言わずと知れたクレイジーケンバンド。もう毎年恒例です。神奈川県民ホール。

ライヴの後半に空中に舞いあがるテープを拾ってきました。「もうすっかりあれなんだよね」。
CKB.jpg

猫のtbちゃんの肩に掛けて写真を撮ろうとしましたが、嫌がられました。なので、星の王子様の蟒蛇のぬいぐるみと共に(tbちゃんの好きなぬいぐるみ)。

CKBのライヴは楽しいのですが、耳がおかしくなるくらいの音量になるときがあって、とくにベースの音がビンビン響いてほかの楽器の音が全く聞こえなくなるという現象が続いております。CKBの事務所に苦情を入れちゃおうかと思っているほどひどいときがあって、少々悩ましい問題が起きております。

今後、ライヴに行くかどうかというくらい。

たぶん私は行き続けると思うのですが、夫T君がそろそろ脱落しそうです。

どうなんだろうなあ、こういうのって。長年ファンを続けてきていることもあって、変化に付いていけないだけか。果たしてCKBのほうでも問題があるのか、そんなことを考えてしまうライヴでもありました。

剣さんのサービス精神は相変わらず旺盛なので、ありがたいことなのですけどね。

でもやっぱりいいよなあ。



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最後は昨日です(12月2日)。

世田谷パブリックシアターに「才原警部の終わらない明日」のマチネを観てきました。
才原.jpg

お芝居については、以前も書きましたが、何だかわからない前衛的なものや説教臭いものが好きではなく、あまり観に行くことをしていません。

しかし、「やっぱり観ておいたほうがいいよな」と思うようになってきました。T君はほとんど芝居を観ない人なので(友人が出るというのなら別ですが)、とっとと一人で行ったほうが早いし、チケットも取りやすいので一人で行っています。

基本的に一人での行動は全く平気なので無問題。

このお芝居は、堤真一さんが出ていること。そのほかの役者さんを見ると、小池栄子さん、勝地涼さん、鈴木浩介さん、志賀廣太郎さんなど、観て絶対に損はしないというような人ばかりで、それこそ観なくちゃ損損とばかりにチケットを取りました。

少々チケット争奪戦に出遅れてしまって、3階席という上のほうからの席でしたが、世田谷パブリックシアターのこじんまりとした芝居小屋的な作りに助けられました。よくないであろう席にも関わらず、よく見える。

それから作・演出が福田雄一さんというから、とりあえず面白いだろうと思って行ってきました。

そして感想。



面白かったです^^

こういうお芝居は、とにかく観ないことには始まりません。TVドラマや映画で表現できないものですからね。

生で演じている役者さんを観るというのは、やはり感激します。熱気の伝わり方が違う。

小池栄子さんなどは、ずーっと大きな声を張り上げて、ほかの役者さんたちのボケに突っ込んでいたので、大変だったろうなあというのが窺えました。もちろん座長の堤真一さんの役割も大きいわけで、そういうことが感じられる。

とにかく楽しい芝居でした。最後は役者さん全員で歌っちゃいましたから(笑)

こんなに豪華な役者陣で、こんなコメディをやっちゃっていいのかな、とも思いましたが、観ていれば、役者さんたち、演じている側の人たちのほうが楽しそうにしていることに気づきました。

実に楽しく演じている。こういうのは客席にも伝わってきます。小難しいことのないお芝居のよさだよね、と思いました。

そうそう堤真一さんのことですが、いつのころからか好きな役者さんで、出ているドラマはだいぶ観ています。三丁目の夕日の鈴木オート社長役も好きですし、最近は、バリ島で「兄貴」と言われている人の話を映画化した「神様はバリにいる」も、wowowで観てしまいました。はっちゃけてましたよ、この映画。


声も好きだなあ。

という、好きな役者さんであるから、目の前で演じている姿も見てみたい、ということで観劇に至ったのであります。

よかったです、はい。

まだまだ見たい役者さんもいるので、今後も頑張っていこうかと思っているところであります。






というわけで、誕生月間は終了。

お疲れ様でした~。


おしまい。
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展覧会と出張と。 [芸術・文化]

引き続き、誕生月間です。

昨年は、高松次郎さんや赤瀬川原平さんの展覧会、荒木経惟さんの写真展、忌野清志郎さん、ナンシー関さんの展覧会に行ってきましたが、今年は文学!

いやいや、そういえば、赤瀬川原平さん、常盤新平さんの町田文学館での展覧会にも行っていたか……。今年は展覧会に行く数が少ないです^^;

ということで、神奈川近代文学館で開催されている柳田國男展に行ってきました。

夫T君が招待券をもらってきてくれていたので、これ幸いと。

場所は、横浜の「港の見える丘公園」内です。
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朝ドラの「まれ」の舞台にもなりましたね。

これが横浜の港らしい風景。
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いい感じの日がさしていました。
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そして柳田國男さん。
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「遠野物語」の序文にある「平地人を戦慄せしめよ」という言葉から、展覧会では「日本人を戦慄せしめよ」という題名をつけたと主催者の言葉がありました。

確かに、「戦慄」というにふさわしいほど、遠野物語から最晩年に書かれた「海上の道」まで盛りだくさんの展示内容。これほどのものが遺されていたのかと圧倒されました。

柳田國男さんというと、真っ先に思い浮かぶのが「遠野物語」だと思います。実は、私もそのくらいしか知らないでこの展覧会に臨んでいたのでした。

ところが行ってみれば、いろんなことをなさっていた人で、農政官僚として働いていた時期があったり、歌人や詩人として学生時代は活躍していたりと、初めてそのことを知りました。

そして柳田姓も柳田家の養嗣子となったことからとか。もとは松岡國男さんといい、松岡家は貧しくも教育熱心な母親のお蔭で、五兄弟すべてが功績を残す人物となっているということでした。

遠野物語を書いたり、民俗学に傾倒していくきっかけとなったのは、13歳のころに見た一つの「絵馬」なのだそう。その絵馬も展示されていたのですが、「間引き絵馬」という飢饉のために間引き(嬰児殺し)が行われている絵が描からている絵馬で、これは大きなショックを受ける内容でした。

この絵馬を見て「なぜ?」と思ったのでしょうね。この年頃で見たということも大きいと思いますが、この時代背景を想像するだけでも、何かを駆り立てられるものがあったのでしょう。

その後、遠野物語など民俗学の没頭されたようですが、戦後は子どもたちの「教育」について、自らの成すべき課題に挙げられたということです。

解説文によると「普通教育の目的は、それまでのような国家教育では決してなく、「子供を人にするに在る」と述べ、これからの民主主義の世の中を正しい判断力を身につけて生きる能力を養うことが重要と考えていた」とあります。

「国語科、社会科教科書の監修に熱心に力を注いだが、いずれの教科においても、最終的には正しい選挙民を育てること、すなわち、人を選ぶことのできる能力を、等しく身につけられるようにすることを目標とした」のだそうです。

すばらしい。

「正しい選挙民を育てること」というくだりを読んだとき、これこそ民主主義に必要なことと、膝をポンとたたきました。

貧しい家に育ち、歌人や詩人となって多くの言葉を操り、そして農政を知り、民俗学を研究したことで、そこから得た必要なことを、次代に伝えるという仕事を自分の課題に挙げたという……。ものすごく真っ当な人物であったとわかりました。

すばらしい。

ちなみに、神奈川近代文学館でなぜこの展覧会が開催されたのかというと、「日本最初の村落調査に津久井の内郷村を選んだこと」「別荘が茅ヶ崎にあったこと」「永眠の地を川崎生田丘陵に選んだこと」などゆかりが深かったのだそう。

また、神奈川県内のあちこちに視察に訪れていて、1940年、41年には、上飯田、瀬谷、大和、深見を訪れていたのだそうです。近くだわ。

予備知識の少ない人間が行ったからこそよかったのかもしれません。遠野物語だけではない柳田國男さんを知った、有意義な展覧会でした。


それからもう一つ。

「大和市つる舞の里歴史資料館」へ行ってきました。
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T君の実家近くにあるのですが、前は通っても中に入ってみることは今までしていなかったので、今回が初めて。企画展「地形・地層・地震~大和周辺の大地の成り立ち~」に興味をもって行ってみたのでした。
つるま2.jpg

あら、いやだ、と思うほど、面白い企画展でした。近くでこんなことをやっていたとは……と思うような内容。

この辺りは遺跡が発見されたり、私が通った中学校近辺では発掘作業が行われていたりしたこともあったので、どんなものなのだろうかと興味があったのですが、こういう形で展示されたものを見ることができて楽しかったです。面白く見てきました。

展示の数はそう多くはないのですが、こういう企画展が開催されていることを知る機会も少ないので、もっと宣伝したらいいのにと思ってしまいました。

またもちなみにですが、神奈川県博物館協会加盟館園によると、95もの博物館や資料館などが神奈川県下にあるのですね。行ったことがないところがいっぱいあるなあ。


さて、横浜、港の見える丘公園を後にして、坂をぐんぐん下がって適当に歩いていたら、こんなところを発見。

本牧ガレージ。
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すいません_(._.)_ クレイジーケンバンドのファンではないとわからないネタでした^^;

さらに、山手隧道わきでこんな光景が。
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鳩が石垣にこびりつくように休んでいました。なんか妙。


おまけ。

また今年も恒例の大阪・神戸出張に行ってきましたが、写真もほとんど撮っておらず、とりあえず少しだけ買ったものを。

大阪の「とん蝶」。
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大阪で働いているときは知らなかったのですが、知る人ぞ知る大阪のソウルフードらしいです。夕方、飛行機に乗り込む前に、夕食代わりにいただきました。要するにおこわですね、はい。

それから、こちらは神戸っ子のソウルフード(?)、トミーズの「あん食」。
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食パンにあんこが練り込んであります。これがまた、郷愁をそそるようなお味。

あと、懐かしい三田屋のハムとドレッシング。
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T君の大阪在住だったお祖母さんがよく食べさせてくれたハムでした。



おしまい。(誕生月間はつづく……かな?)
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名残のバラ。
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東慶寺 再び [芸術・文化]

「駈込み女と駆出し男」を観てから、原作を読んでみようと思い、実際に読みました。


東慶寺花だより (文春文庫)

東慶寺花だより (文春文庫)

  • 作者: 井上 ひさし
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/05/10
  • メディア: 文庫


原作と映画とではやはり違うのですが、信次郎さんの語り口や駈込もうとする女性(原作では女性だけではないのだけど)の佇まいなどは、映画でもよく表現されていて、映画を観てから原作を読んで、機会があればもう一度映画を観るというのがいいのではないかと思わせるものでした。

とにかく原作のこの本も面白い。

東慶寺が縁切り寺であるということは昔から知っていましたが、駈込むその背景にあるものは全く知らなかったことでした。

縁切り寺であるということを面白おかしく捉えていただけで、その時代の習慣やしきたりなど全く念頭になく、「へえ~そうなんだ」という程度。

相変わらずの無知無教養ぶりが(笑)

映画の監督をされた原田眞人さんのコメントにこんなことが書かれていました。

「また小説では曖昧になっている時代背景を、天保の改革の真っただ中である天保十二年(1841)に設定した点に関して原田監督は「政府が強権発動したりするという意味で、今は天保の改革の頃と似ていると思います」と持論を展開。「本作では、そのような権力と戦う一般の人たちの心意気を描きたかったので、こういう時代設定にしました。そうした状況の中で虐げられた者たちが連帯し、それぞれが幸せをつかんでいくという話にしたかったのです」と熱い口調で語った。」(映画.com速報より)

確かに、原作のほうでは時代は曖昧です。でも、原田監督が「天保の改革」の頃と設定したことで、東慶寺で起こったことを映画に描くと、確かにピタッと納まるのです。

夫からの離縁状がなければ離婚ができないという時代というだけではなく、さまざまな禁止令が出された天保の改革。日本史が苦手な私は、映画のために天保の改革を調べてしまいましたよ^^;

なんというか、いままさに日本が陥っている社会情勢と、確かに似ていなくもない。

強権的という部分では、本当にね。

政治家が言うことは圧倒的に正しい……みたいな(笑)

もうね、最近の政治家(与党の皆)さんたちは、法律よりも自分たちが強くて正しいと思っているようですから、ホントに倒れそうになります。小学生でもおかしいとわかる頓珍漢なことを、平気で言ってのけるのがまったく怖い。

いやいや、いまの政府やお役人さんたち(天下りの人たちを含む)については、いろいろと語りたいことはあるのですが、長くなるし、あっちこっちに話が飛んでいくのでやめましょう。

で、虐げられた女性の最後の駆け込みどころとして存在した東慶寺。本の最後に井上ひさしさんが「東慶寺とは何だったのか」と話されたものが特別収録されています。

そのなかで、「アジール」について話されているのですが、もともとはギリシャ語で、日本語にすると「隠れ場所、聖域、尊い地域、保護区、治外法権の避難所」といった意味だそうです。

人類の歴史が始まった頃から、きっとそれぞれの地域に隠れ場所があったのではないかとおっしゃっているのですが、東慶寺もそういう役割を担ってきたと。

『「夫と別れたい」という妻たちのためにアジールであった』と井上ひさしさんは言います。

この時代、幕府が公認した女性救済のお寺は2つあったそうです。それは上州にある満徳寺と東慶寺。満徳寺は「縁切り寺」で、東慶寺は「駈け込み寺」だったそうです。

要は離縁したい女性のための「アジール」として機能していたわけですが、この時代に幕府公認でこういう場所があったということが面白く感じますし、「何々令」という法律だか何だかわかりませんが、そこから逃れられる装置を作らなければならないという法律に、そもそも瑕疵があるだろうと思うのですけどね^^;

そういう人類の営みにそぐわない法律には、自然とアジールというものが出来上がるのかもしれないなと、そんなことも思ったり。

映画に出てくる隠れキリシタンとか、「隠れ」と言われるくらいですものね。まさにアジールだと思います。

物語としては、そういう締め付けから始まる人の抵抗を表現するのは面白いわけで、小説にする題材としても「うまい!」と思いました。






実はこれを書き始めたときは、女性が受ける差別について文字を連ねたいと思っていたのですが、ちょっと変わってきてしまいました^^;

確かに幕府がやっていることは明らかに女性差別ですし、小説や映画に女性を蔑視している男性も多く登場します。

でも、小説、映画ともに最後は女性が幸せを掴むように描かれていて、粋な計らいみたいなものもあるし、読後感がよかったのですよ。女性の底力も感じられるその表現。素直に受け止められると思いました。



ただし、「女はいつの時代も強い」と、井上ひさしさん、解説の長部日出雄さんが書いているのですが、井上ひさしさんの言う「女は強い」と長部日出雄さんの言うそれはニュアンスが違うと思いました。

長部日出雄さんはあくまでも小説の解説だからだとは思いますが、結びに『だいぶ前に「戦後強くなったのが女性と靴下」という言葉が流行ったことがあったが、封建的とされる江戸時代からすでに、女性は十分強かったのだ。』と書かれています。う~む。言葉が足らない。ちゃんと小説を読んだのか? 井上ひさしさんの語ったことも読んだのか? という疑惑が残るという(笑)

一方、井上ひさしさんは、『大宅壮一さんの「戦後強くなったのは靴下と女性だ」という名言を聞いたとき、「ちょっと違うな」と思いました。女手一つで男の子三人を抱えて、昭和十四年からずーっとあんなひどい時代を生き抜いてきた母親を見て、「強いなあ」と思いましたし、そういう女性はほかにもたくさんいました。いまでも「大昔からずーっと女性は強かった」と思っています。
江戸時代も、普通に生きている庶民の女性は強い。女性が強いうのは当たり前で、それが正しい世の中のあり方ではないか。いっそ大臣も社長も全部女性になって、男性は家で近所の旦那さんたちとぺちゃくちゃお喋りをしたり、買い物に行ったり、とそういう時代を一回つくったらどうでしょうか。皮肉でもなんでもなくて、女性は男性ほど税金を悪用しないんじゃないか、会社や役所が不始末をしたときの謝り方も女性のほうが上手だろうと考えるからです。」と言っています。

作者と解説者という間柄ではありますが、二人の男性の感じ方の違いが何とも……これこそ皮肉。

本当にね。女性がたくさん社会に出れば世の中は変わると、私は思います。


蜂の一刺しがあったらなあ。



おしまい。
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東慶寺 [芸術・文化]

映画「駈込み女と駆出し男」を観てきました。

前評判がよく、大泉洋ちゃん主演だし、「これは観に行かなくては」と思って、昨日(少しお安い月曜日)に行ってきました。

くしくも恩師のお墓が東慶寺にあります。

先日、男の友人3人とお墓参りに行ってきましたが、そのとき「縁切り寺なんだよな」、「草履を放り込めば駈込みOKなんだっけ?」、「そういうの聞いたことがある」などと言いつつ、さらには……カップルで来ていた人たちを見て、「カップルで来ちゃいけないお寺だよな」と小声でつぶやいたりして、50を過ぎたへんてこりんな4人組は東慶寺を後にしたのでした。

そして、これもご縁と思って観てきた「駈込み女と駆出し男」。井上ひさしさんの「東慶寺花だより」が原作です。


あらすじはあっちこっちで書かれているので割愛します(……LIFE!のカッツアイを思い出してしまった^^;)。

端的に言うと、虐げられた女性たちが東慶寺に駆け込んで救われるという話です。

『駈込み女』が虐げられた女性たち。

『駆出し男』は、大泉洋さん演ずる「中村信次郎」です。なぜ駆出しかというと、見習いの医者であり、戯作者であるから。

駈込むにもいろんな理由があります。基本は離縁なので、男性側の今でいうDVなどを理由としたものが考えられます。ですが、この映画のエピソードとして語られる女性たちの駆け込みの理由はDVだけでなく、花魁の世界からの逃げだったり、両親への思いがあったり。

とくに私の印象に残ったのは、隠れキリシタンである女性のエピソードでした。

東慶寺のなかに、院代である「法秀尼」が籠れる隠し部屋があり、そこに密偵として侵入した女性「玉虫」がマリア像を見つけ、その部屋から動けなくなるというシーン。玉虫の為人がそこでわかるのですが、それまでの描かれ方を観てきて、それは切なくなるものでした。

なぜかマリア像を見ると、心をぐっと握られるような気持ちになってしまうのですが、このシーンを見ただけでもホロリと来てしまって。

江戸時代という時代背景も非常に考えさせられた映画でした。

洋ちゃんの巧妙な語り口も見ものですし、樹木希林さんやキムラ緑子さんの芸達者ぶりも見事でした。

戸田恵梨香さん、満島ひかりさんもいい役者さんです。

なかなかよくできた映画でした。

ただ、言葉でわかりづらい部分があって、都都逸のような語りもあるので、「うん? これはなに?」と思っているうちに話は進んでしまい、見落としたところもあるように思います。

とりあえず原作を読んでみて、もう一回見るというのもいいのかもと思っているところ。

オススメです。



こちらは恩師のお墓。
お墓.jpg

木漏れ日が美しくて、いいところでした。



おしまい。




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