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うそつきはドロボーのはじまり [プンプン]

「『公約違反』という批判も真摯(しんし)に受け止めている」
「新しい判断」

うそつきはドロボーのはじまりということわざを、安倍さんは聞いたことがないのだろうか。

ものすごくうまいことを言っているように見えるけれど、「私はうそつきである」と言っているようなもの。

安倍さんの昨日の記者会見を聞いて、倒れそうになりました。

ニューズウィーク日本版で要約が掲載されました。

それによると、

「<冒頭発言>
足元では新興国や途上国の経済が落ち込んでおり、世界経済が大きなリスクに直面している。こうした認識を、先般、伊勢志摩サミットに集まった世界のリーダーたちと共有した。

先般の熊本地震では、熊本や大分の観光業や農業、製造業など、九州の広い範囲にわたって経済や暮らしが打撃を受けている。これらが日本経済にとって新たな下振れリスクとなっている。最悪の場合、再びデフレの長いトンネルへと逆戻りするリスクがある。今こそアベノミクスのエンジンを最大に吹かし、こうしたリスクを振り払い、一気呵成に抜け出すためには、脱出速度を最大限まで上げなければならない。

アベノミクスをもっと加速するのか、それとも後戻りするのか。これが来る参院選の最大の争点だ。伊勢志摩で取りまとめた合意を議長国として率先して実行に移す決意である。アベノミクス3本の矢をもう一度力いっぱい放つため、総合的かつ大胆な経済対策をこの秋、講じる考えだ。

G7で協力し、世界的な需要を強化するため、将来の成長に資する分野で大胆に投資を進める。人工知能、ロボット、世界に先駆けた技術革新を日本から起こす。しっかりと内需を支える経済対策を行う考えだ。

そのうえで、来年4月に予定される消費税率の10%への引き上げについて、お話しする。1年半前の総選挙で、私は来年4月からの消費税率引き上げに向けて、必要な経済状況を作り上げると約束した。そしてアベノミクスを強力に推し進めてきた。現在、有効求人倍率は、24年ぶりの高い水準となっている。

リーマン・ショック以来、減少の一途をたどっていた正規雇用は昨年、8年ぶりに増加に転じ、26万人増えた。この春の高校生の就職率は24年ぶりの高さである。大学生の就職率は過去最高となった。

雇用を作り、そして所得を増やす。まだまだ道半ばではあるが、アベノミクスは順調にその結果を出している。

しかし世界経済は、この1年余りの間に想像を超えるスピードで変化し、不透明感を増している。最大の懸念は、中国など新興国経済に陰りが見えること。リーマン・ショックの時に匹敵するレベルで、原油などの商品価格が下落し、さらに投資が落ち込んだことで、新興国や途上国の経済が大きく傷ついている。これは世界経済が成長のエンジンを失いかねないということであり、世界的な需要の低迷、成長の減速が懸念される。世界の経済の専門家が今、警鐘を鳴らしているのはまさにこの点である。

これまで7回にわたって「国際金融経済分析会合」を開催し、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授やクルーグマン教授をはじめ、米国や欧州、アジアの経済の専門家から直接意見をうかがってきた。その専門家の多くが、世界的な需要低迷によって今年そして来年、さらなる景気悪化を見込んでいる。

こうした世界経済が直面するリスクについて、G7のリーダーたちと伊勢志摩サミットで率直に話し合った。その結果、新たに危機に陥ることを回避するため、適宜にすべての政策対応を行うことで合意し、首脳宣言に明記された。

私たちが現在直面しているリスクは、リーマン・ショックのような金融不安とは全く異なる。しかし、私たちはあの経験から学ばなければならない。2009年、日本経済はマイナス成長となったが、その前年の08年時点ではIMFも4%近いプラス成長を予測するなど、リスクは十分に認識されていなかった。

プラス4%の成長予測が一気にマイナス成長になってしまう。これが、リスクが現実のものとなった時の危機の恐ろしさだ。私は世界経済の将来を決して悲観しているわけではない。しかし、リスクには備えなければならない。今そこにあるリスクを正しく認識し、危機に陥ることを回避するため、しっかり手を打つべきだと考える。

そうした中で、内需を腰折れさせかねない消費税率の引き上げは延期すべきであると、そう判断した。

いつまで延期するかについてお話しする。中国などにおいては、過剰設備や不良債権の問題など、構造的課題への対応の遅れが指摘されており、新興国経済の回復には時間がかかる可能性がある。そうした中で、世界的な需要の低迷が長期化することも懸念されることから、できるかぎり長く延期すべきとも考えた。

しかし私は財政再建の旗を降ろさない。我が国への国際的な信認を確保しなければならない。そして、社会保障を次世代に引き渡していく責任を果たす。安倍内閣のこうした立場は揺るぎないものである。20年度の財政健全化目標はしっかり堅持する。そのため、ぎりぎりのタイミングである19年10月には消費税率を10%へ引き上げることとし、30カ月延期することとする。その際に軽減税率を導入する。

3年間のアベノミクスによって、国・地方合わせて税収は21兆円増えた。その2年半の延期によって、その間にアベノミクスをもう一段加速する。そのことで、更なる税収アップを確保し、20年度のプライマリーバランスの黒字化を目指す考えである。

1年半前、衆院を解散するに当たって、まさにこの場所で私は消費税率の10%への引き上げについて、再び延期することはないとはっきりと断言した。リーマン・ショック級や大震災のような事態が発生しない限り、予定通り来年4月から10%に引き上げると繰り返し約束してきた。

世界経済は、今、大きなリスクに直面している。しかし、率直に申し上げて、現時点でリーマン・ショック級の事態は発生していない。それが事実である。熊本地震を大震災級だとして再延期の理由にするつもりももちろんない。

今回再延期するという私の判断は、これまでの約束とは異なる新しい判断である。公約違反ではないか、との批判があることも真摯に受け止めている。国民生活に大きな影響を与える税制において、これまで約束してきたことと異なる判断を行うのであれば、まさに税制こそ民主主義であり、そうであるからこそ、まず国民の皆様の審判を仰いでから実行すべきである。信なくば立たず。国民の信頼と協力なくして政治は成り立たない。新しい判断について、国政選挙であるこの参院選を通して国民の信を問いたいと思う。国民の信を問う以上、目指すのは連立与党で改選議席の過半数の獲得である。

世界経済がリスクに直面する今、ロケットが大気圏から脱出する時のように、アベノミクスのエンジンを最大限に吹かさなければならない。デフレからの脱出速度をさらに上げていかなければならない。そのためには、もう一度、国民の皆様の力が必要だ。国民の皆様のご理解とご支持をお願いする」と会見したわけだ。








これを読んで、筋が通っていると思いますか?

全くダメでしょう。アベノミクスは成功していると言いながら、世界情勢がよくないから消費税UPを2年半後にすると言っています。

アベノミクスが成功しているのなら、消費税をアップします、というのが安倍さんのこれまでのスタンスだったはず。自画自賛しておいて、消費税UPの延期を世界情勢のせいにするってどういうこと? と思います。これこそ無責任というものです。だったらいつまでたっても、日本の経済状態はよくならないと言っているようなもの。ひいては、アベノミクスは失敗だったと言っているようなもの。

それに「現時点でリーマン・ショック級の事態は発生していない。それが事実である」と言っているのも、目をひん剥いてしまいました。この前のサミットで言ったことと全然違うし、この記者会見でもそう言う前に「リーマン・ショックの時に匹敵するレベル……」って言っているんですよ。

匹敵するレベルと言っていて、事態は発生していないんだそうです。

びっくりですよ。こんな論法がまかり通るのか。

太文字にした部分が重要。何だかんだとその前にたくさんの説明、言い訳をしていますが、この太文字部分の最後の一文が本音です。

「新しい判断について、国政選挙であるこの参院選を通して国民の信を問いたいと思う。国民の信を問う以上、目指すのは連立与党で改選議席の過半数の獲得である」。

つまり、「参議院選挙で改選議席の過半数を獲得したいから、消費税UPを先送りします」と言っているのです。

この長い文章で、本音はこれ。言いたかったことはこれ。

って、言っちゃっていいの? というあほらしさ(笑)

はあ。開いた口がふさがらない。

こんな論法をよくもぬけぬけと展開するもんだと思います。恥ずかしくないかなあ。自分のうそつき加減と無責任さをわかっているのだろうか。明らかに変。もしかして、頭がおかしいのか? とすら思ってしまいます。

読んでいて、筋があまりにも通っていないので、首の後ろ辺りがゾワゾワモヤモヤして、気持ちが悪くなっています。

何度読んでも、悪文。怖い。

これをまとめた人も、気持ち悪くて仕方がなかったのではと思います。





最近、何でもかんでも陰謀か? と思うようになってきました。

自動車会社の不正燃費の問題とか、教科書会社の謝礼問題とか。

実は、政府の言いなりにしたいがためのものなのではないかと、思ってしまっています。

基幹産業である自動車産業に、「不正をしただろう」という脅しをかけて、政府の言いなりにさせようとしている。なぜか。それは選挙に勝つため、政治献金させるため、経団連を黙らせるため。

教科書の採択に影響する謝礼を問題化させたのはなぜか。それは、採択に影響が出るような謝礼を行っている教科書会社を脅し、政府の思い通りの教科書をつくらせたいから。

いまは外堀をじわりじわりと埋めているところなんでしょうね。



甘利さんの件では、検察も政府の言いなりなんだということがわかりました。

NHKなんて、事実だけを報道するにしても、過去を振り返ることなど全くしなくなっています。上っ面の報道だけ。そんなに政府の顔色を窺わなければいけないTV局なんていらない、と思うくらいです。

何なんだろう……。



吐きそうになります。



ホント、何なんだろう。

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明日は我が身 [プンプン]

「明日は我が身」。

熊本・大分地方を震源とする地震(震災)。これらの報道に接していて、思い浮かんだ言葉がこれでした。

明日は我が身です。何が起こるかわかりません。

ずーっと報道をTVで見ていました。

大きな地震のあとに、さらに本震と言われた地震が起きて、どれだけの恐怖だったか、想像するだけでも胃が痛くなります。

もうね、政府のぼんくらどもにはもちろん怒り心頭です。

ツイッターもずーっと見ていましたが、これには笑った。

TVで、ずいぶんと赤ら顔だなあと思いましたが、そうですかと。

お酒を飲むなとは言わないけど、この顔で出ちゃダメでしょう。菅官房長官の震災後一番最初の会見も、手渡された原稿がちゃんと読めなくてぼろっぼろ。こちらも笑ってしまいました(不謹慎^^;)。

しかし、ですよ。

その後、こんなまとめを読んで、ずっこけたし。
http://togetter.com/li/965244
どうすればいいんでしょ、という気持ちになりました。

阪神淡路大震災があって、そのとき支援を行うボランティアはどうあるべきかということが確立されたと思っていました。

そして、東日本大震災でそれが少しは生かされ、さらに必要とされることがどういうことかとわかっていたと思います。

でも、本当にずーっとTVで見ていて、「なんで?」ってことがいっぱいあって。

まずは、「被災地に行かないでください」というアナウンス。

確かに危ないから、というのもあったと思います。だけど、プロとも言えるボランティアが育っていたはず。

「なんで?」と思いました。

そんなとき、こんなツイートを読みました。

私も激しく同意。

もちろん統率をとるためには、行政の力が必要です。でもその力に限界があることは、先の震災で百も承知であったはず。それなのに……。

首をかしげてしまうことばかりが起きているように思いました。

私はといえば、被災地に足を運ぶことはしません。それこそ足手まといになるでしょうし、家を空けられないこともあるし、そういうことはできません。

では何をするかというと、東日本大震災のときと同様に義援金の振込みです。

今回は、仕事で会社があるので、そこからも義援金を振り込みました。税金にとられて訳のわからないことに使われるのなら、税控除が受けられる寄付をしたほうがましです。

そして個人でも振り込みを行いました。なにしろそんなことしかできないですから。


さて、避難についても政府の対応の悪さで、お亡くなりになってしまった人もでました。

余震ではなく、あとから本震と言われた地震のときです。「屋内に避難するように」というお達しを受けてそのように行動した人が、この地震で家が崩れて被害に遭ってしまっているのです。
http://togetter.com/li/963571

なんかね。もう全然わかっていないんだなと思いました。

というか、とっとと現地に入れよ! と。なんですぐに行かないのか。さっぱりわかりません。


避難所については、「避難所ガイドライン」というものが作られたそうです。内閣府防災担当の人のつぶやきで知りました。

こんなつぶやき方をすれば拡散するかな、ということで(ヤケなんだそうです。ちょっと笑った。

ではこの大臣は誰なのか。河野大臣ということになりましょう。

自民党のなかでも、まだちゃんとした発言をされていた人です。なので鶴の一声になったのかもしれませんが、大臣に任命されてからは、あまりぱっとしないことが気になっています。

最近とみに思うことは、自民党から造反者がでないことです。

昔だったら、造反者が出てもおかしくない状況にあると思うのに、全然ですね。腑抜けな奴らばかりとはっきり言いましょー。

まだまだ疑問はあります。

オスプレイの投入。米軍の支援はありがたいと思いますが、「なぜ? オスプレイ」でした。

あれは速さはあれど、物資を運ぶには適さないものです。それなのに「なぜここでオスプレイ?」と思いました。素人の私でさえ思ったのですから、このことについても声があがっていました。

パフォーマンスなんだろうなと思っていたけれど、やっぱりな、と思います。素人でも、違和感を覚えているのですからね。普通の人をバカにするようなことをしてはいけないですよ。政治家さん。そしてマスコミ。

最後に、どうにかしてくれと思ったのが原発です。

なぜ停止することをしないのか。

齋藤美奈子さんが的確な表現をしています。

原発事故を目の当たりにしていて、なんでやめられないのか、本当にわかりません。

こんなツイートもありました。

本当にねえ。







阪神淡路大震災を経験したときに、「近畿地方に住んでいる人以外には他人事なんだな」と、震災直後に名古屋を訪れたときに感じました。

東日本大震災を経験した後に、神戸の人に「震災が……」と話すと、返ってきた言葉は阪神淡路大震災のことでした。震災といえば、神戸では阪神淡路なのです。

熊本・大分の今回の地震について言えば、もっと他人事になってしまっているのだろうと思っています。

どっぷりと震災報道に浸かる必要はないと思いますが、冒頭の「明日は我が身」、日本に暮らしていればどこででも起きることです。そう身構えていなくてはいけないと、今回の震災では強く感じました。防災意識を高めるだけではなく、原発の稼働停止や、オスプレイのような政治利用される事象。こういったことに注視していかなければいけないと、肝に銘じようと思いました。


東京で直下型の地震が起きれば、とんでもないことになるのは目に見えています。

それも遠い話ではない。

明日は我が身です。
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平和ボケ [プンプン]

『「平和安全法制」の概要 我が国及び国際社会の平和及び安全のための切れ目のない体制の整備(日付なし)』を読んでいました。併せて、日本弁護士連合会による『安全保障法制改正法案に対する意見書(2015年6月18日)』を読みました。

このふたつをなぜ選んで読んだかというと、政府の言い分に対して、「違憲である」と表明している専門家の、どの部分を違憲としているのかを、きちんと知らないといけないと思って選んだのです。

そもそも何のための「平和安全法制」なのか。正しくは「平和安全法制整備法案および国際平和支援法案」という法案で、平和安全法制整備法として10件、国際平和支援法(新規制定)が1件、合わせて11件の法を制定しようというものです。

それで、逃げるようですが、私は専門家ではありません。分析・研究はできません(できたとしてもものすごく時間がかかるだろうし、解釈(事例)を探す能力がないので無理です^^;)。ですから、読んで心情として出てきたものをここに記します。



読んでいるうちの浮かび上がってきたものは「平和ボケ」でした。直感だから正しいのではないかと思います(笑)

誰が平和ボケか。それは政府であり、官僚であり、賛成する人々の平和ボケが、これらの法案を成立させたのだと感じました。

なぜ平和ボケと思ったのかというと、まず根底に、恐らくですが、「こんな事態は起きるはずがない」とどこかで思っている人々なのだろうと思うからです。だからきな臭い法案でも大丈夫なのです。

そして被爆国である日本であるはずなのに、平和ボケだから、その被爆国であるということを忘却させているのでしょう。

戦争でどんな目にあったのか。聞かされていてもわかっていない。想像できない。わかんなくてもいいやと思っている。それが平和ボケのなせる業。

それがずっと考えてきた結論でした。

国会で与党の皆さんが、「いま差し迫る危険があって、この法案が必要なんだ」と。「ホルムズ海峡がうんたらくんたら」とよくわからないことを言う。ネトウヨさんたちは「中国が~、ロシアが~、北朝鮮が~」と、まるで日本に危機が迫っているように煽る。

それでこの法案が必要なんだと一生懸命語っていましたが、本当にそもそも日本という国のことをわかっているのか? と思います。

日本は戦争に負けたんですよ。原爆も落とされたんですよ。多くの日本人が先の戦争で死んでいるんです。

太平洋戦争での日本の戦没者は2,300,000人と言われています。私の暮らしている市は23万人ほどですから、この市に暮らす人の10倍の人数が亡くなったということになります。

そんな国が、なんでこのような法案を策定したのか? わけがわかりません。戦うことで平和が維持されるのかということを想像して欲しいと思いました。

敗戦国なのに。戦争が平和を維持させてくれなかったということを知っている国なのに。

「平和安全法制整備法」というのは、敗戦国が考える内容とは思えませんでした。

とにかく、「そもそも」がおかしい。日本という国が、どんな立ち位置なのか、それをきちんと考えないといけないのではないか。どうしたら世界への貢献ができるのか。そこから考え出すべきことだと思いました。

敗戦国であり、被爆国である日本がやるべきこと、ですよ。

この法案のなかで問題としなければいけないのは、よその国の争いごとに(後方で?)首を突っ込むようなことをできるようにしてしまう、その点が一番大きいと思います。

首を突っ込むようなことをし続けてきたのはアメリカです。そのアメリカがいままで首を突っ込んできた争いにいいことがあったでしょうか。

「教えて!goo」に教えてもらいました。アメリカが首を突っ込んだ紛争の数々。

・朝鮮戦争(対韓国・北朝鮮・ソ連・中国)
・国共内戦(対中華民国・中華人民共和国)
・中東戦争(対エジプト等アラブ諸国・イスラエル)
・キューバ危機(対キューバ・ソ連)
・ベトナム戦争(対南北ベトナム・中国・ソ連・フランス)
・ノリエガ将軍逮捕(対パナマ)
・グレナダ侵攻(対グレナダ)
・イラン革命(対イラン・イラク)
・ソマリア派兵(対ソマリア)
・湾岸戦争(対クウェート・イラク・サウジアラビア等)
・アフガン戦争(対アフガニスタン・パキスタン等)
・イラク戦争(対イラク等)

そしていまはシリア。

ウィキペディアを見ても、アメリカはどれだけ首を突っ込めば気が済むのか、と。

この紛争地域となった場所に暮らしていた人たちは、どうなったのでしょうかね。


全く想像力のない「平和ボケ」の人々が考えた法律なんですよ、結局。



この11件の法案は、読んでも読んでも、実は複雑にできていて、理解するのに苦労します。バラバラな案件を一度に成立させた弊害というのは、今後出てくると思いますし、結局は、いちいち解釈で突っかかることになると思います。

そこが野党の出番になるのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

違憲法案だというのに、強行採決した、独裁政治とも言える自民党(与党)が、また勝手に決めていくことになってしまうのか。


国民は評価しないといけないと思います。


ここで、そもそもに戻ります。


「民主主義とは」? 「立憲主義とは」?

自民党(与党)が行ったことは、民主主義、立憲主義に反する行為であるということを忘れてはいけません。
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整理。 [プンプン]

今回の安保法案の成立で、頭に来ていることがたくさんありますが、これは整理して物を考えないと混乱のもとと感じています。

なにしろ、法案成立の賛否、法案内容の賛否、手続きの問題、政府への信任不信任、選挙問題等々、いろんなことが問題としてあぶりだされているので、単純に反対であると表明するだけではなく、なぜなのか、どうしてなのかということを整理して提示しないと、理解度が低くなるばかりと思っているのです。

果たしてちゃんと理解しているのか。

現在、内閣官房、内閣府、外務省、防衛省が出した『「平和安全法性」の概要」を読み直しているところで、この法律の中身については追って述べたいと思います。

(とはいえ、読み進めれば、国会で政府に投げかけられた質問と同じような疑問が生まれて、結局法案成立後もその質問に対する明快な回答はなかったわけで、何をかいわんやという感じなんですよ。疑問が浮かぶたびにつっかえてしまう。ホント、政府はちゃんと説明責任を果たしてほしいわ、と心から思います。)

まずは一番問題だと思っているのは、手続きについてです。

国会(参議院・委員会)のあの可決されたときの映像をたまたまリアルタイムで見ていたのですが、「はあ?」と呆れるような採決風景でした。誰がどう賛成したのかなんてわかりませんでしたし、ましてや委員長(代理?)が何を言ったかさえわからない状況でした。

あれで採決した・可決した、と言えるのか。

全くなっていない手続きの一つです。

それ以前に、憲法学者のほとんどが「違憲」と言った法案を、どうして成立させるのか全く理解できませんでした。

ほんの数人が違憲ではないとしただけで、法律を制定していいのか、という話です。

この手続きに関しては、違憲だと言うならば、まずは違憲とされる部分の憲法を改正して、それから法案の議論がなされるべきです。

それが、憲法改正をすっとばして法案成立ですよ。これは、「憲法とはなんぞ?」と問われる事件です。

「明鏡国語辞典(大修館書店)」には、「憲法」とは何と書いてあるでしょうか。見てみましょう。

「憲法とは国家の統治機構などの基本的な事項を定めた最高法規。他の法律や命令によって変更することはできない。」と書いてあります。

日本弁護士連合会のサイトではこう記されていました。

「憲法は、国民の権利・自由を守るために、国がやってはいけないこと(またはやるべきこと)について国民が定めた決まり(最高法規)です。

たとえば、国民の表現の自由を守るため、憲法21条は「…表現の自由は、これを保障する」と定めて、国に対し、国民の表現活動を侵してはならないと縛りをかけているのです(これが「基本的人権の保障」です。)。

このように、国民が制定した憲法によって国家権力を制限し、人権保障をはかることを「立憲主義」といい、憲法について最も基本的で大切な考え方です。

そして、国民の権利・自由を守るため国に縛りをかけるという役割をもっている憲法が、簡単に変えられてその縛りが緩められてしまうようでは困りますから、通常、立憲主義の国では、憲法を変えるには、普通の法律を変えるより厳しい手続が必要とされています。

憲法は、国民のために、国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのです。」

今回のこの法律で大きく取りざたされたのは、この憲法解釈をめぐるものでした。専門家たちは一様に政府が出してきた解釈は「違憲である」としたにも関わらず、法案を成立させてしまったのです。

『日本は「立憲主義」の国ではないのか』と、反対をしている人から多く聞かれたと思います。明らかに政府の行ったことは立憲主義に反することです。違憲なのですから。

日本弁護士連合会の言葉を借りれば、「国民の権利・自由を国家権力から守るためにある憲法」を無視して法案を成立させたわけです。つまり、国民の権利・自由が国家権力に脅かされたと解釈できるのではないでしょうか。

国民は国家権力に蔑ろにされたと、私は理解しました。

ここで、「国民が選んだ国会議員なのだから、そもそも国民が悪いのではないか」と言い出す人がいるかと思います。

こうなると民主主義って何ですか? という話になるのですが、その前に選挙について述べたいと思います。

国会議員は多数決で決まるというのは、どの人もわかっているでしょう。でも、「一票の格差」という言葉を聞いたことがあるかと思います。

この格差については、訴訟問題にまでなっています。最高裁判所の判断では、これも「違憲」であるという判断がなされていますが、選挙の無効にまではなっていません。そのため一票の格差是正は行われていない状況です。

私は神奈川県在住ですが、一票の格差から考えると、一票の重みは0.5程度なんだそうです。夫婦2人で一票にしかならない計算になるようです。いい大人が半人前ですよ(笑)

一人分の意見として反映されていないのが、日本の選挙制度の現状です。

さらに、「小選挙区制」の問題。

一人しか当選しない選挙について、ここで、ひとつの例を挙げましょう。

A地区という選挙区があったとします。

候補者が二人。自民党のBさん、民社党のCさんが立候補をしました。

選挙を行い、開票をしてみればBさんは10001票、Cさんは10000票でした。当選したのはBさんということになります。

たった一票差でBさんが当選です。Cさんに投票した人たちの意見はどうしたらいいのでしょうか。

これが中選挙区制であったらどうなるでしょうか。一つの選挙区から、3人が当選するということにします。すると、Bさんも、Cさんも当選です。Cさんの10000票が生かされるということになります。

また、一人しか当選できない小選挙区制で、3人の候補者が立候補したとしましょう。

Bさん10000票、Cさん5500票、Dさん5000票となると、やはりBさんの当選です。

これでは、CさんとDさんに投票された合計10500票が全く生かされないことになります。Cさん、Dさんの2人が立候補せずに、どちらか一人だったら、Bさんを押しのけて当選ができたとも考えられるのです。

まるでトリックのようですが、いまの選挙区制はこういった問題があるのです。

全有権者の中での得票割合(絶対得票率)を見るとわかるのですが、赤旗から引用します(共産党を嫌う人が多いと思いますが、こういう数字は自民党からは出てこないので)。

昨年末に行われた総選挙によると、「全有権者の中での得票割合を示す絶対得票率でみれば、自民は比例代表選挙で16.99%、小選挙区で24.49%しかありません。」ということです。

にもかかわらず、自民・公明で議席の2/3以上を占めることに。

でも小選挙区の絶対得票率では24.49%ですよ。1/4以下です。

これが民主主義なのでしょうか、ということです。

「国民が選んだ議員だから」と言いたいことはわかります。でも、この選挙制度の歪みともいえる欠陥のせいで、民意が反映されないということが起きていることは念頭に入れるべきなのではないでしょうか。

では、昨年末の選挙結果ですが、東京3区を見てみます。

石原宏高氏(自民) 115,623票
松原 仁 氏(民主) 111,353票
香西克介氏(共産)  34,295票

4,270票という僅差で石原氏が当選しました。

これがもし松原氏、香西氏のどちらか一人が立候補して、このお二人の票が一人に投票されたとすると、合計で145,648票となり、石原氏を破り当選したことになります。

2人分の得票数を合わせれば、石原氏の得票数を上回るのです。

でも残念なことに、石原氏が当選したことで145,648人が投票した票が捨てられてしまったわけです。

これが多数決だから仕方がないと言える状態なのでしょうか。どう見ても民主主義の国家がやっていることとは思えない。

絶対得票率の、自民党に投票をしていない(棄権している人もいるけど)有権者の75.51%の意見は、消えてしまっていると考えてもおかしくないと思います。

大きな政党に有利に動く小選挙区制も、いまの国会を作り出してしまった弊害だと私は思っています。

一票の格差と小選挙区制。これはいくら選挙に行ったって、なかなか変えられないカラクリになっています。

ただ言えることは、捨てられてしまった票である有権者の意見も聞き、それを国政に反映させるのが「民主主義」というものです。それを国会議員は忘れてはいけない。それこそ議員の責務です。

国民ももちろん忘れてはいけません。憲法のもとでは、主権者は国民なのですから。



ということで、今回整理したのは、以上の手続きと選挙についてです。法案どころか、体制の成り立ちから間違っているというお話でした。

おしまい。




オールブラックスのカッコいいハカを貼り付けます。気合が入るわ~^^

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盗作はいかんよね。 [プンプン]

ある企業のサイトに、私が撮った写真が掲載されています。もちろんギャラをもらって撮影したもの。

風景写真なのですが、目的がはっきりとした商業的な写真です。なので、契約上その写真の著作権は、そのサイトを運営している企業に置かれ、私もそれを了承しています。

その写真をチラシに使いたいと、ほかの企業からサイトを運営する企業に連絡がありました。

著作権はサイトを運営する企業にあるのですから、そこでOKを出せばいいものなのですが、わざわざ撮影者の私に連絡をくれました。「使いたいと言っている企業があるけれどいいでしょうか」と許諾を得に連絡をしてきたのです。

私には著作権はないですから、「どうぞどうぞ」と言うだけですが、真っ当な(良心的な)企業というものは、こうして連絡をしてくるのですよ。

きっと、私の知らないところで、私が撮った写真を目にすることもあるだろうという想像があったのだと思います。そうなる前に連絡をしておかなくては、と思ったのでしょう。社内の人間が撮ったのならまだしも、社外の人間の私が撮った写真であり、全く知らない企業が使用するというのですから、そりゃ一言伝えておかなくてはと思うものです。

今回のオリンピックエンブレムの騒動を見ていて思ったことは、そういったごくごく常識的に行うべきものが行われずに、そのまま来ていたことに驚きを隠せませんでした。

いや全くを持って驚きです。

オリンピックエンブレムをデザインしたと言われる佐野研二郎さんが、ずいぶんとバッシングを受けているようですが、ちゃんとした社会人が、どうしてこのようなことを怠ったのか、不思議でなりません。

ちゃんとした社会生活を送っている社会人が、彼をバッシングしてもおかしくない騒動だと思っています。

こんな個人のブログでも、著作権については非常に気にしてしまうときもあるのに。

他の人の文章を用いるときも、転載ではなく引用と判断できるように、気を配っているのに。


佐野研二郎さんのオリンピックエンブレムのデザインは好きではありませんでした。おそらく初めて見たときに「あれ?」と思った人は多く存在すると思います。「これが優秀なデザインだというのか?」と。

何だか納得がいかない。でも、これに決まったのなら……、という感じだったのではないかと思います。

ところがです。やっぱり初めて見たときに「あれ?」に、妙な既視感があったのだろうと思います。「何かに似ている」と。「何かがおかしい」と。

それからですよ。ぼろぼろぼろぼろと呆れるほど出てきて。

出来レースと言われても仕方のないようなプロセスで、エンブレムは決められていたようですしね。

新国立競技場のゴタゴタを思い出します。

あのデザインも決定までのプロセスが伝わってきていなかったということに、大きな問題があったということ。

つまりはプロセスを伝えたくない人たちがいたのだろうということです。

それはどんな人たちかと考えると、要するに利権に巣食う人々でしょう。

自分たちの思った通りに事を運んで、懐を温めたいと思っているような人々です。

何だかね。



最近、利権まみれの人たちも、益々頭が悪くなっているのではないかな、と思います。「もう少し上手にやったら?」と皮肉に思うほどやり方が杜撰。

国民をバカにしているとしか思えないです。国民はバカだから見つからないだろう、くらいに思っていたのか……。

あまりにもバカバカしくて、ポカーンとなるような騒動の数々です。

安倍さんもね(←一応、「さん」付け)。何度も言っている「丁寧に説明する」という意味がわかっておられないようで。情けない。(ついでに秘密保護法なんていうのは、こういったことが起こる前に蓋をしてしまえ的な法律ですよ。劣化のなれの果ての法律なのかと、いま思いました)。

それだけ、政治家も官僚も、その周辺の人々も、劣化してきているのかとガックリです。



しかし、盗作はいかんよ、盗作は。そして、無断で人の作品を使うのもいかんよ。一言、許諾を得ればいいことなのに。お金が必要ならば、お金を払えばいいことなのに。手抜きしすぎ。

これで一流のデザイナーかと思うと、それこそ世も末。

ほかのデザイナーさんたちがかわいそうだと思った一件でした。

おしまい。



つば九郎もやるなあ~(笑)
http://tsubamesoku.blog.jp/archives/1039296189.html
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日本語、おかしくありませんか? [プンプン]

箱根、大涌谷の噴火をとても心配しています。

箱根は地元、県民ということもある。すぐ行ける温泉地としてありがたいところでもある。長く親しんできた場所だから、とても心配しています。

だからこそ、しっかり防災をしてほしいし、被害を最小限にしてもらいたいと思うのです。

だけど……。

大涌谷が噴火したのではないかという情報を得たときに、気象庁の煮え切らない会見に激しく疑問を持ち、火山の専門家のツイート、ブログを読み漁りました。

すると、火山学者さんたちが大変怒っておられました、気象庁の発言が珍妙なことに。

当初は「地すべりに誘発された噴気孔からの吹上げ」と言っていた気象庁。でも火山学者さんたちは「あれを噴火と言わずして何と言うか」と過去のさまざまな例、「噴火」の定義を挙げながら、気象庁の批判を始めました。

うさはかせ Prof.Lièvreという名の、静岡大学防災総合センター教授 小山真人さん、そして、群馬大学教育学部教授 早川由紀夫さんのおふたりのツイートがよくわかるので、少し紹介させてもらいます。







と、6月29日の段階で、すでにこんなツイートをしていたのです。

気象庁が自ら定義していたことから逸脱するってどういうこと? と素人の私は考えました。

思うことは一つですよ。いわゆる「風評被害」を恐れてのこと。「経済を優先して」ということなのでしょう。

それにしたって、「噴火」を「噴火ではない」と言ったり、「火口」を「噴気孔」や「火孔」と言ったり、わざわざ言葉を変えてまで発表することなのでしょうか。

思い出しました。福島の原発事故でのこと。

「炉の溶解」という言葉をずーっと使っていて、決して「メルトダウン」と言わなかったことを。

「それってメルトダウンのことじゃないの?」と私は突っ込みまくっていましたよ。

わざと言葉を変える官公庁って一体何? と疑問を投げかけざるを得ません。


東北大学大学院理学研究科教授 中村美千彦さんはこう言っています。
『噴火を噴火じゃないと強弁すると、「降って来たのが噴石じゃなくて火山灰で良かった」とか「次、もっと規模が大きいと噴石が降るかも」とか「次の水蒸気噴火も、またいきなり発生するだろう」という方向に、人の頭が働くのを妨げる。それが困る』

本当にその通りです。人の頭の働きを妨げる要因にもなる。

結局丸一日たって噴火と認め、噴火警戒レベル3に引き上げられたのですが。





『気象庁は29日昼の降灰を認めながら、自らの認定基準(100-300m以上遠方の降灰を噴火とする)をねじ曲げて噴火を否定した。30日になってようやく噴火を認めたけど、噴火は29〜30日の夜間のどこかで生じたとしていて、29日の判断ミスを認めていない。』
『さらに30日午前に目前で噴火していてもそれを噴火と認識できないし、噴火は噴気孔から生じたと言ってる状態。噴火が起きた場所を火口と呼ぶ。大涌谷に開いたのは直径10mの火口だし、映像から判断して少なくとも30日の午前中は噴火継続してた。』
『ずっと以前からそうだが、気象庁は地表で起きる噴火現象の解釈に弱すぎる。昨年9月も火砕流の映像みながら火砕流を否定した(あの時は誤りを認めた)。火山の地質学を学んだ人間を採用しないからだ。気象庁に地質学者はほとんどいない。』



うさはかせ、激しくお怒りです。

そしてこんな発言。
『上からの圧力で「風評被害」に全力で気を配らなければならなくなった気象庁は、ついに火口を噴気孔と呼ぶなどの言葉遊びを始めた。今後気象庁の火山情報をよみとくためにはそういう言葉の読み替えに気を使うリテラシーが必要になった』

気象庁の日本語がすっかりおかしくなりましたね。

何をかいわんやです。

ツイートの引用が長くなりましたが、時系列(TL)で見て行くと実に興味深く、官公庁との齟齬がこういった世界でも生じるのかと思うと、呆れるやら悲しいやら。



強弁を繰り返す政治家さんたちの顔が浮かんできましたよ。

あの東京16区の大西英男議員の発言。
「日本の国を過てるような、そういった誤った報道をするようなマスコミに対して、私は広告は自粛すべきじゃないかなと個人的には思います。だけど、政治家として政治権力を使うとか政党の力でそういうことをやるというのは民主主義の根底をゆるがすことですよ」
「懲らしめようという気はあるんですよ。一部のマスコミですよ。だって社会的制裁受けてない」
「何らかの国民的な方法を考えていかなきゃいけないな。それについて百田先生のご意見を伺ったということです」

バカな発言として呆れる以外の何物でもないのですが、「国民的な方法」という言い方を聞いて、はて? と私は考えました。

まったく意味することがわかりません。何が言いたいんでしょうね。

日本語がわかりません。

百田なにがしに聞いたって、「国民的な方法」でマスコミに社会的制裁を加えるなんてできるわけがないでしょう。

要するに、法律(国民的な方法?)で何とかしたいということを言いたいのでしょうけどね。

国民的には賛同できない発言であるにもかかわらず。


「私、日本語がわかりません」とアホになるしかないのか、と思わせる出来事でした。



ふう。

したって、いろんなことがありすぎて疲れてきましたが、いやいや、でも忘れてはいけません。

うやむやにされてしまうことが一番やっかいで、危険なことです。



ともあれ、箱根が怒りをおさめてくれることを祈ります。



7月1日の夕焼け。
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おしまい。
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怒怒怒怒 [プンプン]

どどどどと打ってみて、「怒」と怨念の「怨」は似ているなあと。でも怒は奴だけど、怨は夘は身を曲げるという意味だそうで、心が曲がる、うらむを意味するのだとか。うむ、漢和辞典で調べてみました。

それよりどどどどと打っていて、思い出したのはこの詩です。

『どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう』

宮沢賢治の風の又三郎。

本当に一切合財吹き飛ばしてほしいわ。

そんな風に思うことばかりで、昨日は発熱しました(37.2℃)。ま、発熱は関係ありませんが^^;



前回は女性差別のことを書こうかと思ったけれど、「アジール」のことが気になってしまい、そちらに思考が移ってしまって書けませんでした。

そして、日本政府が呆れたことを言い出して、そのことを書こうと思っているのですが、「どっどど……」と考えていたらまた違うことを思いついてしまったようで、なんともはや。

しかし、怒りの宣言だけはしておこうと思います。

ものすごーく怒っているし、今回の日本政府、マスコミ、御用学者、官僚、天下りの役人のことは、一生忘れません。それこそ怨念にまでなりそうな勢い。

安保法案と言われる戦争法案。

女性を差別する、弱者を切り捨てるウヨク組織「日本会議」の存在。

執着し続ける「新国立競技場」のアーチ(←細かい?)。

マスコミにおける情報操作(NHKの会長を更迭できないってなぜ?)。

政治家の恫喝と言える発言。行動。(沖縄に謝れ!)。

幼稚すぎる行動。

↓これを見たときは、本当に倒れそうになりました。



国立大の人文社会系を切り捨てようとする見直し案。

忘れた頃にやってきた国旗国歌法。→人のブログ記事で、しかも1年半ほど前の記事ですが、参考になります。http://blogos.com/article/73128/

昨年の今頃、私も書きまくっていますが、全く思いは変わりません。いまも怒っています。
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-03
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-04
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-07
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-09
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-11
http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2014-07-14-1

しかし安倍政権がこんなに長く続くとは。「お腹いた~い」で辞めちゃった人が、こんなどうしようもないことを続けるようになるとは。

なんと言っていいのやら。


私はサヨクと言われるのは全く構いません。

心の底から戦争は反対だし、この自然を壊すような行為は許さない。それだけ。


数日前、中学生や高校生が帰宅していく後ろ姿を見て、「この子たちが戦争に行かなければならないような国にしてはいけない」と強く思いました。



派遣労働のこともね、気になっています。まるで格差が広がるように仕向けられているように感じて、「お金を持たぬ者は戦争に行け。兵隊になれ」と。実は、政府(官僚たち)はそうしたいのではないかと。

じわじわと外堀を埋められてきているように思います。社会保障に手を付けるそのやり方も、非常にきな臭い。

そしてお金を持つ者は武器を造り、さらに儲けることを考えるのでしょう。



本当に、風向きを変えて、どっどどと吹き飛ばしてほしいと、考えてしまいます。




おしまい。

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政治のことは、本当は知りたくもないのだけど。 [プンプン]

ドイツがサッカーW杯を制しましたね~。我が家は小躍りです^^

とりあえずドイツ推しという夫婦の(利益も損益もないけど)利害関係は一致していたので、一緒に応援していたドイツが優勝をして朝から気分がいいです(笑)

メッシが好きな人は多いのでしょうが、アルゼンチンのあまりきれいではないプレーが夫婦ともども好きではなく、シュバインシュタイガーが流血したグーのパンチなんぞは、見ていてむっかー^^; 「なんでレッドカードを出さないのか!」と怒っていました(←ここでも怒っている・笑)。

アルゼンチンを応援していた人は、ドイツ寄りの笛を吹く審判だと思っていたみたいですけど、あれは明らかにアルゼンチン寄りだったでしょう、と思っております。

でも、ドイツが優勝したからいいんだけどね。



ひとまず今週は、お怒り記事の更新はお休みしようと思っているのですが、気になっているのを3点。

まずは、イスラエルとパレスチナの問題。ガザ地区へ陸上部隊を侵攻させるという話です。

もうこれは、日本が頭を突っ込むべき問題ではないと思うし、ましてや私のような一個人が考えるべきことではないと思うのですが、一つだけ……。それはイスラエルが悪いというわけではなく、パレスチナだって悪いわけではないということ。

もとを辿れば、とんでもなく大昔の宗教的なことにまで遡ってしまうから、そのことについては何とも言えません。でもともかく人を殺すのはだめでしょうと。攻撃、攻撃、って本当に何人の人を殺せば気が済むのだか。

結局はお金なのだろうと思っています。

武器を作りたい、売りたい、それで稼ぎたい。金、金、金、金、金ですよ……。

お金のためなら人を殺してもいいと、そういう武器商人が多くいらっしゃるということが、よくわかります。

この経済の歯車となって、汗水たらして働く人がいるのに。なぜ、平和のためにお金が使えないのか。

戦争を終結させるために原爆を投下したと、原爆投下を正当化する人々ですからね。ふぅ。



それから、NHK「クローズアップ現代」で起こったこと。

フライデーがスクープをしたということで話題になりました。

その後は、こんな感じで決着はついたようですが→
私は火のないところに煙はたたないと思っています。さもありなんという印象を持ちました。

そのくらい、報道に対する現政権(政府)の強硬さは感じています。

前の記事にも書いた通り、「暖簾に腕押し」か? と思うような答弁。人の質問をちゃんと答えようとしない政治家の態度に、頭の上はクエスチョンマークが大量に飛び交っています。モヤモヤ感がぬぐいきれない。

そんな政治家たちが、報道に対して強気に出るのはわかるような気がします。それは、国民に知ってほしくないことがたくさんあるから。

それを「生放送」で質問されて、答えたくないのにそのまま放送されれば、面子が立たないと。それで抗議をするというのはあり得るでしょう。

この報道をそのまま見れば、これはNHKも悪いし、首相官邸側も悪い。

もっとNHKは追求すべきです。




最後の一つは、鈴木章浩都議の塩村議員へのヤジ問題。

これは、うやむやにしてはいけないよ。

謝罪内容を見たり、読んだりしているけど、謝罪からして女性差別だから。

インタビューの内容を見ても、、、。(インタビューの主なやりとりはこちら→)。

『Q どうしてこのような発言を

A 私自身、少子化、晩婚化の中で早く結婚していただきたいと思い、あのような発言になったが、したくても出来ない人への配慮が足りませんでした』

って……ずっこける。

「少子化、晩婚化の中で早く結婚していただきたい」と考えることからしてセクハラだし、女性に投げかける言葉ではない。

しかも、一般質問で妊娠、出産、不妊に悩む女性への支援の必要性を訴えているときのヤジだ。

もちろん、これは男性へも投げかける言葉ではない。結婚ができない、子どもができない男性だっているであろうし、だったら男性の生殖機能だって問題視すればいいのに、それだってない。

「こういうのを性差別って言うんだよ」とセクハラオヤジたちに教えたいが、どうも頭に入っていかないらしいということがわかりました。

さらに、いろいろな週刊誌で、塩村議員の過去をほじくり返して、人格にまで攻撃するような記事が相次いだ。

こういうことを『セカンドレイプ』って言うんだよ。

声を大にして言いたい。


以上、いまだに気になるの3点でした。



ということで、ちょっと忙しくなるということもあって、今週はこれでお休みします。

来週後半か、再来週にお会いしましょう~。

ごきげんよう。さようなら。


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儲けられるのはほんの一部で、ただただ傷つくだけ。 [プンプン]

昨日からガザ地区への攻撃で心を痛めています。

全くこの争いに関係のない女性や子どもたちへの攻撃となったことに、思わず「イスラエルは何をやってんだよっ!」と声を出して怒ってしまいました。

こういう罪のない女性や子どもたちを殺してしまうことも、集団的自衛権の行使で、日本もこの攻撃に加担するかもしれないと想像しただけでも倒れそうになります。

そのイスラエルへ、日本はこんなことを始めていました。→

この「サムライインキュベート代表取締役の榊原健太郎社長」とは一体誰?

『日本政府の進める「INVEST IN JAPAN(日本に投資を)」』と政府がなぜ、この榊原なにがしという社長を登用しているのでしょうか。(ツイッターでこの情報を得ましたが、この人は元電通マンなのだそうです。安倍さんのビジネスのための仲間、といった感じでしょうか。お友達?)。

それだけでなく、いまなぜこのタイミングでイスラエル?

だいたい何? この投資話って……。日本国民が汗水たらして納めている税金を、こんな知らない人たちの手で投資をしようというのか?

安倍さんの恐ろしさを垣間見た気がします。悪魔だ。




次回書きます、と書いていた橋本治さんの寄稿記事について。

2014年7月8日朝日新聞「議論を忘れた日本人」というタイトルで書かれていました。

これを読んで、安倍さんの説明することにモヤモヤする印象を受けていた理由がわかりました。

よかった、指摘してくれる人がいて。そう思いましたよ。

たぶん「集団的自衛権の行使」がよくわかっていない人は多いと思います。

その、よくわかっていない国民に対し、治ちゃんは、……(ちょっと長くなります)

 「そういう日本国民を相手にして『集団的自衛権行使の必要』を訴えるとなったら、よほどの説明が必要になるはずですが、『集団的自衛権行使』に関しては、その説明自体に問題があるのです」と言います。

 「今度の集団的自衛権行使の問題では『集団的自衛権の行使とはこういうことです』と説明されても、その例がすぐに変えられて、『なにかを説明はしているのだが、なにを説明しているのかよく分からない』になってしまうのです。『この問題を考えて下さい』と言われて例を出されて、考えようとしようとするうちにその『例』がどこかへ行ってしまう。学校の授業なら、『分かったら次へ行きます』とか、『分からなかったら置いて行くぞ』というような段取りを教える側が踏みますが、集団的自衛権の説明にはそんな段取りがありません。分かろうとしても出された問題例がいつの間にか違うものに変えられているので、『考える』ということが無効になってしまうのです。考えられないような形で説明を展開して、それで『考えろ』と言っているようなものです。」と続きます。

要するに、説明に出される「例」がコロコロ変わるので、考えることができなくなっているというわけです。

5月に安倍さんが説明したことに対しては、「その時に出された例は、『他国で紛争が起こり、そこにいた日本人がアメリカ軍の戦艦で脱出した場合、公海上にまで出たその船を、日本の自衛隊が護衛をしに行くことが出来なくてもいいのか?』というものでした。『それが集団的自衛権の行使です』とは言わなかったけれど、いかにも『集団的自衛権の行使とはそういうことです』と言うようにしておいて、その上で『他国と共に日本が軍事力を行使することはない』とも言いました。それが6月の終わり近くなると、もう『軍事力行使の可能性』が公然と問題にされています。』と言います。

そして政府は「集団的自衛権行使を容認」と憲法解釈をしたのだから、議論をする必要はなく、「説明をするだけ」という状態になっていると言うのです。

 「『憲法解釈上、集団的自衛権の行使は可能である』という立場に政府は立ってしまいました。それが『可能』であるのなら、『これも集団的自衛権の行使である』と言うことだけで、どんなことも出来てしまいます。『軍事力の行使はしない』と言っていても、問題は『する、しない』ではなくて『可能かどうか』なのですから、『可能だ』と判断されれば、いともあっさり軍事力は行使されるでしょう。問題は、国民がそんな内閣を支持するかどうかですけれど。」と繋ぎます。

支持なんてしたくない、と思いますが、その前に「一票の格差」が解消されていません。全く、どうすりゃいいんだ、ですよ。

そうして、治ちゃんに指摘してもらえてよかった! と思ったのは、「人の質問に答えない安倍首相」。

次のくだりです。

 「『集団的自衛権の行使』を説明する首相の記者会見を受けて、5月の参議院外交防衛委員会で、『他国で紛争が起こった時、その地域の日本人がアメリカ軍の艦船で脱出する場合』と言う例にたいして、民主党の議員は『他国で実際に起こった紛争の例』をいくつか挙げた上で、「安倍首相が取り上げた例はどれほどリアリティーがあるのか分からない』という趣旨の発言をしました。これに対して安倍首相が反論をするのなら、『私の持ち出した例は十分にリアリティーのあるものだ。なぜならば――』という形であってしかるべきですが、安倍首相は『様々な事態に対処するため』と前置きして『最初から「こういう事態はない」と排除していく考え方は、「嫌なことは見たくない」というのと同じ』という答え方をしました。
 よく考えるとその答えは、『自分が持ち出したケースにはリアリティーがない』と安倍首相自身が認めているようなものです。にもかかわらず、すぐその後に『嫌なものは見たくないのはよくない』と筋違いの続け方をして答弁は続いていきます。
 尋ねられたことに対して向き合わない。その代りに近似した別の『自分の思うこと』だけを話して、議論は終了してしまう。なにかは話されたけれども、しかし疑問はそのままになっている。『なんかへんだな?』という思いが残るのは当たり前ですが、どうやら日本人は、そのこと自体を『おかしい』とは思わなくなっているらしい。少し前までなら、『答えになってないぞ!』というヤジが飛んだように思いますが、いつの間にか日本人は『答えになっているかどうか』を判断することを忘れてしまったようです。」

「思考停止した日本人」と言われるようになって久しいですが、物事の判断も曖昧になってきつつあるようです。そう橋本治さんは指摘します。

全くその通りです。

マスコミの取材を見ていても、弱い相手にはぐいぐいとえげつない質問をして答えを強要するのに、強い相手に対しては、答えすらちゃんと求めていない、ということを感じていました。

そのことに、憤りを感じるか感じないか。私は憤ってしまうんですけどね。

そして、「『集団的自衛権行使に関する与党間協議』を見ていると、日本の議論は『説明する側の一方的な説明』だけがあって、しかもそれが『これはどうですか? これならどうですか?』と選択肢を広げられる値引き交渉に近いものだとも思います。いつの間に日本人は『議論する能力』や『議論として成り立っているかどうかを判断する力』を失ってしまったのでしょう? もしかして集団的自衛権行使云々よりも、日本人がまともに議論する能力を持っていないことのほうが由々しいことだと思います。」と結びます。


この由々しき事態になってしまった要因の一つには、本を読まない、ということが挙げられると思います。読解力がなくなれば、人の言うことだって理解力が落ちるはずです。人は言葉や文章でコミュニケーションをしているのですから。

仕方のないことなんですかね。私にはわかりません。

ただ、こんなことになってしまった「恐怖心」というものは感じてもらいたいと、切に願います。

いま日本政府は、恐ろしいことを考えているんだということ。そして考えるだけではなく、実行しようともしていること。

暗澹たる気持ちになります。



イスラエルに対しては、武器を買ってほしいがための「投資話」なのだろうと想像します。

実際にガザ地区で殺されてしまっている人のことを考えてほしい。想像してほしい。



日本もアメリカのように、テロにおびえる国家になるかもしれません。

そんなことになっていいのでしょうか。

私は嫌です。



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怒ってばかりはいられないけど、でも怒り続ける。 [プンプン]

今朝のブラジルvsドイツの試合は、「一体これはどういうことなんだ?」というような展開でしたね。

今回のサッカーW杯は、ちょうど夫T君のお弁当づくりのために朝起き出す時間と、キックオフの時間がぴったりで、1時キックオフの試合は観られなかったけれど、5時キックオフの試合はずっとリアルタイムで観ていました。楽しい。

そして今朝ですよ。TVをキッチンからでも視られるように向きを変えて、ブラジルvsドイツの試合を観ながらお弁当を作っていました。

ドイツの1点目までは、「まあまあ、これからだな」なんて感じだったのですが、だいたいのおかずが出来上がって、「さあ腰を据えて観るか」となったとき、ポンポンポンポンと4点……。

「ああ? まじかよ\(◎o◎)/!」と口も悪くなる(笑)

もともとドイツを応援していたのでドイツが勝つことには異論はなく、もちろん喜ばしいのですが、「どうした!? ブラジルッ!」と、突っ込みをすることに。

このとき思わず、まだ爆睡中のT君のところへ行き、「ドイツが5点入れて勝っているよ~……」と報告。T君もいい迷惑ですな^^;

6点目が入ったときは、「もう、ブラジルはオフサイドもOKにしてやれよ」と言っていたくらい、気の毒な試合になっていました。

ネイマールがいないことが理由ではなく、守備がザル。チアゴ・シウバがいないことが大きかったか。いやいや、この前のコロンビア戦の疲れがまだ取れていないか……。精神的に一気にやられてしまったか。

なんか、驚きの試合でしたね。

ちなみに明日のアルゼンチンvsオランダは、オランダを応援します^^ 決勝がドイツvsオランダになったら、どっちを応援していいかわからなくなると思いますが、ものすっごく楽しみです。いや~、なんだか今回のW杯は面白いなあ。



とまあ、相変わらずサッカーW杯は楽しんでいますが、一方で、怒りはふつふつと、と言うほどではありませんが、じわーっと抱え続けています。安倍さんですよ。自民党ですよ。公明党ですよ。マスコミですよ。

実際のところは、日本代表がW杯を勝ち進んで、日本中がワヤワヤしている間に、集団的自衛権の行使に関わる法案を通してしまおうという魂胆だったのではないかと思うのですが、ワヤワヤしなくなってしまったので、次の通常国会に法案を提出するようで……今度はほとぼりが冷めたころ、と考えているのでしょうか。

そうは問屋が卸しません。

忘れませんよ。

こっちのほうが大変問題なのだから。

皆さん、ぜひとも忘れないでいただきたい。

「解釈」については、もう勝手にされてしまったわけで、どうしようもないですが、この後の法案がどのような内容となり、どんな形で出されるのか、そっちのほうが大きな問題となります。通ってしまうと後戻りができません。

だから忘れないで、注視し続けていかなければなりません。

マスコミも信用ならないですから、自分で信用できる情報が得られるような態勢を整えておかなくてはなりません。

とにかくマスコミの垂れ流す情報を鵜呑みにしないで、まずは「はあ?」と疑問を持つ。そうしてそれがどういうことなのかを考える。そして想像する。

その一連の思考を持っていただきたいです。



本当にいまは変なことが多すぎます。経済界に目を向けても、軽減税率のことでぐちゃぐちゃやっているし……。経済界もまた、一般消費者(国民)のことを見ていないということが十分にわかりました。

なんかね、結局、今回のこと(集団的自衛権行使の容認)があって、つらつらと考えを進めると、税金やら、TPPやら、教育にまで考えが及ぶのです。

いろいろなことを変えようとしているな、ということが見えてくるのです。

まず一つ、軽減税率について。結論から言うと、このままでは日本の自給率は益々減少するでしょう。そのつもりとしか思えない経済界の動き、政府の動き。

軽減税率が導入されないとなると、おそらく食料品の値段が上がります。(本来であれば、食料品に消費税を課税すべきではないんですよね。カナダなんて食料品は無税です)。

でも小売業者は高くなれば売れなくなるので、その食料品の値段を抑えようとするでしょう。すると国内の生産者さんへの押さえつけが強くなります。そんなことになれば、生産者さんだってやってられない。

一方、TPPの参加で、食料品の関税撤廃が相次いだとしましょう。これでつまりは輸入品がどっと増えるということになります。

軽減税率が導入されないことで国内の生産者さんは締め付けられ、国産品は減り、そしてTPPのせいで輸入品が増える。そうなれば自給率が下がるのは当然のこと。

国内の自給率を上げようとしているところに、こんなことをしていいんですか?

もうね、ぽかーん……です。

食べなくては生きていけませんから、仕方がなく輸入品を買うことになるでしょう、国産品は高くなる一方で。

想像してみてください。

そうして、輸入された食料品ばかりになってしまった後、たとえば、海外で干ばつといった自然災害が起こったとしましょう。そんな輸入品もろくに入ってこない時代が来るとします。

そのとき、「では国産の食料品を」と思っても、生産者が激減しているはずです。自給率もちろん低下しているでしょう。

ということは、きっと、食べ物がない、お金もない、という時代がやってくるということ。

生きていけるのは、お金持ちだけ。

そういうことが、容易に想像できます。

TPPに参加したいがために軽減税率を導入したくないとも思えるし、企業収益が減るから軽減税率を導入したくないという企業もあるだろうし。←これをただ書いて読んだだけでも、政府も、企業(経済界)も国民のことは見ていないということがわかります。

こんなことでいいのでしょうか。

これからの生活が大変です。


そして、もしかしたらこんなことになっているかもしれません。

日本に軍隊ができていて、お金を稼げないとなると、軍隊に入ればお金が稼げるなんていう世の中になっていた。

……なんていうことに。



昨日の朝日新聞には、集団的自衛権行使容認に至るまでの、そのプロセスについて、橋本治さんがいい記事を書いていました。そうそうその通りと。さすが、治ちゃん、と。

これについては、次回書きます。



あ~あ。怒るのも疲れるからねえ。



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