So-net無料ブログ作成
つれづれ ブログトップ
前の10件 | -

終わりましたよ [つれづれ]

やっと終わりました。外壁塗装。きれいな外壁に様変わりして、清々しい。
このブログも大変ご無沙汰しておりました。私は元気です。ちょっと疲れたけど(笑)

さて外壁塗装のお話。

外壁塗装を行うまでの経緯というのが、タイミングというのでしょうか。

前回のときに記したガスふろ給湯器の交換から始まりました。

この交換をしてくれたのが工務店(リフォーム業者)だったことから、「奥さん、外壁の塗装をしないとだめだよ。見積りしましょうか?」と、いわば営業をされた形なのですが、夫T君はそろそろ外壁を何とかしなくてはいけないと考えていたようで、「ついでに見積りだけでもしてもらえば?」と簡単に私に言ってきたのでした。

私はといえば、そんな塗装工事が始まれば、ストレスに弱い猫のTBちゃんが病気でもならないかと心配をしていました。なので、TBちゃんが天寿を全うした後でそういった家のメンテナンスができればいいやと考えていたのです。

でも急転直下。見積りをしてくれた業者さんの強引なこと。あそこのモルタルが浮いている、あそこにはクラックが入っている、早く塗装をしないと家が傷むよとか……。不安を煽る営業を再三にわたり続けてくれたもので、ゲンナリしてきました。

確かに、築14年の我が家。そろそろ重い腰をあげなければいけない時期。不安も募るばかりで気持ちが萎えてきました。やらなければいかんかと。

だけど、どうにも不安を煽る業者さん。質問をしても、それに対しての答えが出てきません。部分的にできない塗装があると言ったり、じゃあどうするか、といったことにも答えが出てきませんでした。

不安どころか、信用できるのかどうかもわからなくなってくる有様で、だけど、給湯器を変えてくれたし、姉のところでは大規模なリフォームをしてくれたところだし、無下にもできない。でもでもでも……。

ということで、相見積ですよ。他でも見積りを取ってみようと動きました。

相見積をお願いした先は、この家を建てたときに、ふらっと営業に来た塗装業者さん。なぜかずーっと記憶に残っていて、名刺も残しておいていたので、そこへ連絡をしてみました。

「相談したい」と。

早速、家まで来てくれて見積りですよ。そしてあれこれと質問をしました。相談もしました。すると、ちゃんとこちらの要望に応えてくれようとするし、考えてもくれる好印象。あとは見積金額次第だなあと思いました。

で、出てきた金額は、前の業者さんよりリーズナブルだし、塗料も私が希望していた艶消しのものと考えてくれて、少々お高くても前の業者さんの最安値をつけていた塗料よりも安いという……そんな見積りを持ってきました。

人柄と見積りで、相見積を後で取った業者さんに決めましたよ。

こういうのは相性というものもあるよねえと。

T君はあまり意に介さず、「ああいう営業マンというのはいるもんだし、俺は気にならないけどな」だって。ほとんど対応をするのは私なので、私が決めますよ。ええ。

というわけで、2月の初めにはもう塗装工事が開始されるいう運びになったのです。

昨年末の給湯器交換から、早い早い。あっという間の出来事のよう。

この間、塗料はどういうものがいいのか、塗装と左官の違いは何、艶消しと艶ありのメリットデメリットは……等々ひたすら調べ続け、塗装が始まっても果たして選んだ塗料は我が家には合っているのか、とか考え続けました。

結果、ものすごく疲れたのでした(笑)

塗料もいろいろあって、進化を続けているのですよ。我が家の新築時に使った塗料も、当時流行していたもののようで、その後のメンテナンスにはどのように対応するか、まだわかっていないものでもあったようです。

上塗りするのに適した塗料というものがその当時にはなく、調べてみると、後から出てきていました。そんなことは考えないで決めたなあ……という記憶。とりあえず建築士さんに丸投げ。要するに信用していたからなんですけどね。

基本的にデザイン重視なので、今回も長持ちしなくても艶消しの塗料じゃないとダメ、と言い続けて選んだ塗料です。前の塗料と相性がいいかどうかなんてわからず、塗り始めてから調べる始末。何となく、私の想像の範囲ですが、合っていると踏んでいました。

事実、合っているとわかって一安心。ちょっとお安い塗料だと違うんじゃないかと、そんなことも考えた末のこと。塗料には弾性があって、それも考えないといけないんですよね。簡単に塗れるものもあれば、塗るのが難しい塗料もあるということなのです。

で、選んだ塗料はある程度の技量がないと塗るのが難しいものでした。でも、それができると言って業者さんもすすめてきたし、お願いしました。

案の定というか、ちょっと職人さんは苦戦していました(塗料がのびないし、のりが悪いし、気温が低いし)。挙句の果てに、予定していた量では足りないということとなり、工期も2日延長。ついでに雨(雪)天のためにさらに2日延長。雨どいのつまりも見つかり、その工事もプラス。当初の予定より、1週間工期が長くなりました。

家のなかの壁も一部塗ってもらったので、それもあるけど。

いや~、疲れました。

そしてようやく終わりました。

TBちゃんはというと、やっぱりストレスだったようで、ちょっとだけれどいつもの膀胱炎の症状を見せました。軽いものだったので、病院へは行かずに済んでよかったんですけどね。


そんなこんな。


当分、家のメンテナンスはいいかなあ。でもまたどこか不具合が出てくるんでしょうね。大切に暮らさないとね。

KABE.jpg


おしまい。


追記。
デザイン重視で長持ちしなくてもいいと記しましたが、長持ちするであろうと言われている塗料を選びました。それから見積りですが、追加でお願いした工事は別にして、基本部分は見積り以上の追加請求というものはありませんでした。途中、塗料が足りないなんていうことも、もしかして追加されるのか? と思いましたが、そんなことはありませんでした。職人さんの腕はわかりませんが、いい業者さんだったと思います。自画自賛(笑)
nice!(4)  コメント(5) 
共通テーマ:日記・雑感

明けてますね。年末年始もろもろ。 [つれづれ]

来られる方もいらっしゃらないのではないかと思っておりますが、一応、念のため、ご挨拶が大変遅れて失礼しました。

まずは、あけましておめでとうございます。

もうすぐ2月3日の節分ですから、節目の時期と相成りました。

気が変わる時期です。皆様におきましては健やかにお過ごしいただけたらと思います。
富士山.jpg

これは先々週の富士山。



全然記事を更新できずにおりました。非常に内向的で、何をする気も起きず、ただ用意されたものをせっせとこなしておりました。

なんというか、ダメなときはダメだなと(笑)

自発的に何かをやりたいと思うものがありません。なので、いまは歯を治しに行ったり、よもぎで蒸されたりしに行っています。さらにやる気が起きないのは、インプットが足りないからではないかと思いたち、よっこらしょと本を読んでいます。

家のなかは散らかり放題。物を捨てなくてはと思うものの、何を捨てていいのか考えるのが面倒臭いという情けない状態。どうしたもんですかねえ。




昨年、12月のなかほど、給湯器の調子が悪くなりはじめて、年の暮れは大わらわでした。

なんたって、量販店や東京ガスに年内の工事はできないと言われ途方に暮れる始末。年末年始にお湯が出ないということになったら、どうしたらいいんだ? と頭を抱えました。←ここでかなりの疲労感。

捨てる神あれば拾う神あり。工務店に頼めば年内の工事は可能かもしれないと、量販店の店員さんに言われ、近くの工務店に飛び込みました。その工務店の店長さんが出てきて対応してくれたのですが、お昼ご飯をもそもそと食べながら、右往左往しているし、大丈夫なのか? と一抹の不安。

じーっと夫T君と工務店内で待つこと数分。どうやら年内に工事をしてくれることになりました。

しかし、給湯器の本体が手に入らなければ工事もできません。ましてや工事の場所も見ていない状態で見積りも出せず、数日先送りに。その間、給湯器がじわじわと調子が悪くなってきて……頼む、もってくれ~と祈りました。

そして、現場を見に来た店長でしたが、これまたトンチンカンで、プロパンか都市ガスかの確認を忘れて、改めて電話をして来たりして、さらに不安。

聞けば「商品を発注しちゃった」って言うし(見積りもまだ見ていないのに)、何だか変な工務店にひっかっかちゃったのかなあと思いましたよ。

でも、工事に来てくれた人は、その専門の職人さんで胸をなでおろすと。金額は量販店に比べて少々お高めになってしまいましたが、こんな年の暮れにやってくれたのだから感謝しなければいけません。

この家を建てて14年。いろいろなところに不具合が出はじめました。

自分のメンテナンスもいいけど、家のメンテナンスもしないとね。

ということで、今度は外壁塗装です。これのお話はまた今度。


このメンテナンスで運気が変わればいいなあ。




昨年12月の頭には、大雪と大雪の狭間をぬって、札幌日帰り弾丸旅行をして来ています。

あの欠航、欠航で大勢の人が新千歳空港で夜を明かさなければいけなかったという週の本当に狭間でした。たまったま予約していた航空券がその時期だったということなのですが、幸運だったと言えるんでしょうね。

札幌市内は雪が壁のように積まれていて、いままで見たこともないような風景。雪捨てに追いついていない感じでした。雪のなかをドライブしたかったT君は、念願かなってよかったなと。
江別.jpg
買い物をしたEBRI。もとはレンガ工場。

大通公園.jpg
大通公園のイルミネーション。以前、この時期に札幌に行ったときは、全然雪なんてなかったのに、この大雪は驚きでした。
大通公園1.jpg


そんなこんな。


あ、こんなものを食べていました^^;
マルトマ食堂.jpg
豪快。
nice!(5)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

千本桜 [つれづれ]

来年から伐採が始まるという「千本桜」を見に行ってきました。大和市福田、引地川沿いにある桜並木です。

川の拡幅による治水対策の工事を行うということで、一気に伐採されてしまうのかと思っていました。そのため一度も行ったことがなかったので、これで見納めか? と思って行ったのですが、そういうわけではありませんでした。

神奈川新聞の記事によると、毎年数十メートルずつ20年かけて行うのだとか。
http://www.kanaloco.jp/article/83985

「無粋なことはしません」という言葉に、ちょっと笑ってしまった。粋な計らいというわけです^^;

雲行きが怪しい日で、完全に満開となるころは雨が予想されていました。思いついたら吉日です。コンパクトカメラを片手に、電車に飛び乗りました。

高座渋谷からトコトコと歩いていくと、お年を召した方々が大勢、お弁当の袋を持って引地川沿いに向かっていました。お年寄りは元気だわ~って平日のことですからね。休日ともなると相当の人が訪れていたと思います。

千本1.jpg


千本2.jpg


千本3.jpg


千本4.jpg


千本5.jpg


千本6.jpg


千本7.jpg

この時期にしか見ることができない限定された美しさというのに、みんな惹かれるんでしょうね。

最近では、中国や他国の人たちが、わざわざ花見をしに来ると聞きます。「そんなにいいかな?」と思わなくもないですが、桜の花が咲いているところに出合うとつい足を止めてしまうのですから、やっぱり魅力的なんですよね。吸い寄せられるというか。

加えて、「あと何回この桜の花を見られるのか」なんていうことも頭に浮かんでしまう年齢にもなってきました。

3年前までは飲み屋さん友達とで花見をしていましたが、そんなたくさんの人と一緒の花見もなくなって、少しさびしい限りですが、花見酒をするほどの体力もなくなってきたというのが本当のところ。

ふとしたときに愛でるというのがいいのかもしれません。
千本8.jpg




先日、厚木基地の近くを車で通りましたが、基地内の桜が満開なのを目にしました。

あの中の桜たちの樹齢は相当なもの。「すごいねえ」と夫T君に言ったら、「そりゃ元海軍基地だからな」と。

「まさに同期の桜だよな」

「そうだね」





全くな、じじいとばばあの会話でした(笑)


おしまい。
nice!(3)  コメント(5) 
共通テーマ:日記・雑感

よいお年を。 [つれづれ]

今年は記事を書き込む時間がもうありません^^;

今日から怒涛の忘年会三連荘。毎日のように飲まなくてはなりません(笑)

まずは我が家での恒例の忘年会です。

体力は温存できました。はたして気力が維持できるでしょうか。



というわけで、ひっそりと……。


今年最後になりました。

お世話になりありがとうございます。

2014年も、皆様に幸多き年となりますよう、お祈り申し上げます。


toro
nice!(5)  コメント(3) 
共通テーマ:日記・雑感

断捨離のできる人って [つれづれ]

何と申しますか、捨てられない女の言い訳みたいなものです^^;

ふと思ったことなのですが、断捨離のできる人というのは、「新しい人」なのではないか、ということなんですよ。

感覚が新しくいられる。あるいは常に新陳代謝がよく、新しい細胞で生きている。

何だか妙な話ですが、ふとそんなことを思ったのです。

きっと便秘をしないんだろうなとか、消化のいいものを食べていそうだなとか、そんな想像から広がった妄想なんですけどね。

捨てられない人と異なり、「上書き」が容易にできるのだと思うのです。

新しいバージョンが出たら、さっさと上書きができる。あんまりもともとあったデータやOSに執着はない。

捨てられない人は、ちまちまと「これはいらないかなあ、どうかなあ」なんて考えながら、少しずつ削除をしていって、ようやく新しいバージョンに移行するって感じかな。

ちょっと違うか。

とにかく少しずつ考えながらでしか捨てられないのが、捨てられない人なのだと思うわけです。

記憶とか、思い出とかもね、断捨離できる人は、さくっと上書きしつつも刷りかえられたり、忘れられたりするんだろうなあと思います。要するに「新しくいられる」ということは、新しくいられる自信や、確固たる信念みたいなものがあるのでしょう。だから消去しても大丈夫。

そうではないとできないことだと私は思ったのでした。

私自身は記憶や思い出にどっぷりなところがあって、海外旅行先のどうでもいいスーベニールなど捨てられないものがあります。それは「思い出が宿っている」と感じてしまうから。

とくに捨てられない本類は、宿っている気がして仕方がない。ちなみに私は古着や古本が苦手です。それこそ、元の持ち主の思いが宿っているような気がして、手にすることすら憚れると思ってしまうから。

さらに、夫T君も捨てられない人なのですが、彼の不思議なところは、捨てるという行為からして放棄しているということ。

ゴミか何かわからないものは、テーブルに放置(捨てるという行為を放棄)。ずーっとそのままにしてあります。

妻の私はそこで悩むわけですよ。これは捨てていいのか? いけないのか?

たまに領収証なんかがぽいっと置いてあって、会社の経費で落とすものかもしれないし、そうではないかもしれない。手にしてみるものの判断できず、同じ位置に置いておくということが続くと。当然、テーブルの上は散らかります。

それでT君はどうかというと散らかるのも平気で、目には入っているはずなのに完璧にスルーできるから大したものだと思っています。

そしてなぜ私は同じところに置いておくかというと、片づけると分からなくなるというこの男(←だんだんムカついてきた(笑))。「俺のあの領収証はどうした」と騒ぐことがあるのです。「ここに置いてあっただろ」と。こうなると手におえません。なので、なるべく同じような位置に置き、もしものときはその辺を探してもらうという対処をするのです。

ま~、何と言いますか、それは結局、T君は考えるのもやめてしまっているという証拠もあるのですけどね。

全く捨てるということを思考の俎上にのせないというわけです。

ある意味で大物。ある意味で考えもなし。

考えてみると、こういう人も違った側面で「新しくいられる」人なのかもしれないなあと思います。

こう、わりと鷹揚に構えて、上書きができる人なのではないでしょうか。そうそう、便秘知らずだし(笑)



ととと、話がそれました^^;



いや~、もう、とにかく捨てられない。捨てる以前に物が増えすぎた。

寒くなる前に、何とかしたいのですよ~。

大掃除にすこしずつ着手して、そろそろ捨てなくてはと思っておるのです、はい。

↑自分への戒めも込めて。
dante.jpg
いまは亡き猫のD君は、ゴミというか、本やら袋に詰めた書類にまみれて寝ていました。猫にとってみれば隠れるところがいっぱいあってよかったんだろうな(笑)


おしまい。
nice!(4)  コメント(3) 
共通テーマ:日記・雑感

人生のピーク [つれづれ]

先日、夫T君のご先祖様とお父さんの眠るお墓をお参りしてきましたが、その後、少し時間があったので、車で数分のこちらに立ち寄りました。
鉄.jpg

鉄2.jpg

碓氷峠鉄道文化むら
http://www.usuitouge.com/bunkamura/about/index.html
退役した列車が展示されているのですが、あんまり興味が湧かないというか……、懐かしさはあるものの、あんまり感動はなく、好きな人は好きなんだろうなあと見学してきました。

年寄りは「アプト式、アプト式」と、その鉄道の方式に食いついていましたが、さっぱりわからない私はこんな感じでした┐('~`;)┌

文化遺産であって、その昔活躍していた列車たちなわけで、これがあったから今があると。

これがなかったら、今はないのかと言ったら、そうではなく、また別の発展をしていたのでしょうけれどね。



ちょっと話が変わりますが、ときどき小奇麗にしている女性で「昔は美人だったんだろうなあ」と感じるのだけど、何だか違和感を覚える人がいます。

またあるとき、何度も「○○さんって美人で……」と聞かされていて、「そんなに美人なんだ~」と想像しつつ、その○○さんといざ会ってみると、「あれ? 美人だとは思うけれど、昔?」って感じる人がいました。

小奇麗にしてはいるのだけど、美人なんだとは思うのだけど、なんか変な違和感。

その違和感は結局どこから発せられているのか、だいたいお分かりになる人も多いと思います。

たぶんね。その人たちは、一番綺麗だと言われていた時代のメイクをしていたり、服を着ていたりするのですよね。

「あ~、やっちゃったなあ」と。

そして、その人たちの人生のピークというやつが、うっすらと見えてきてしまうわけです。

「ああいうメイクやああいう服装は、あの時代だよね~」と。


そんな人を見かけるたびにもちろん、わが身を振り返ります。

いやいや、その前にもうね、似合わない服が多くなってきました(笑)

もったいないとは思うのですが、ほんの数年前の服のデザインが、すでに年相応ではないということに気がついて、袖を通すことができなくなっているものがあります。サイズは大丈夫でも、デザインが似合わないのは致命的^^;

そんなわけで、毎年少しずつ、オーソドックスなデザインだったり、年相応であろう服を買い足すようになってきました。もうね、これはしょうがない。

結局、それに気づくか気づかないかが、違和感を生む生まないの差になるのだろうと思います。

気づかないとヤバイってば。

ただ、自分でも「これは大丈夫なのか? どうなのか?」と思うときがあります。そんなとき、誰かにアドバイスしてもらえたらいいのですが、いかんせん、同居しているのは同い年のT君ですから、お互い「?????」とクエスチョンマークを頭の上に飛ばしてしまうのが関の山。難しいなあと感じています。

しかしながら、人生のピークがいつだったのかを醸し出してしまうようなメイクや服装はいただけません。

バブルの頃のメイクを感じさせたり、まるで高校生のような服装で歩いている人を見たりしますが、それぞれバブルの頃がピークだったり、高校生の頃がピークだったのだろうなと想像できてしまいます。

それは、私からすると悲しい。そんな自分の人生のピークをイメージさせてはいかんですよって。

ぶっちゃけ、ピークなんていつあったっていいんだからさ、と思うのですよ。

ちゃんと年相応に、そのときのいい状態で生きられたら、それが一番いいんじゃないかと思うのです。

見た目には違和感を覚えさせない、自然な感じっていうのかなあ。

そのときそのときの流行をうまく取り入れつつ、年相応にって感じか……。

好きな服装が高校生のようなものと自覚があるのなら、それはそれでいいとは思います。でもね、一番キツイのは、自覚なく、気がついていない場合。頭のなかもそのままなんだろうなあと思ってしまいます。




結局、何が言いたいかというと、人生のピークなんていうものはないと。

「あ~、あの頃がピークだったわ~」などと考えることなく、いつも、どんなときも、いくつになっても、いい状態で生きていたいと、そう思うのです。

たとえ悪い状態でも、いい状態と思える等身大の自分でありたいと。

なので一層、自分の人生のピークを想像させてしまうような格好はしたくないと思ったのでした。



おしまい。


……でもね、あえて、あの頃ひとつのピークだったかもしれないと思う時代の格好を考えると、私はぴたぴたのサブリナパンツを履いてた(笑)
nice!(3)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

とりあえず、願うわけで……。 [つれづれ]

暑い日々が続いています。雨も降りません。阿夫利神社へ行きましたが、なかなか願いを叶えてはくれないようです……。ま、私だけが祈っても仕方がないのかもしれません。所詮、人ひとりなんて宇宙のなかのちびっこい細胞のようなものですからね。

先日、急に気温が下がったときがありました。寒暖の差に弱い猫TBちゃんが、案の定、膀胱炎を再発させまして、先週半ばからは動物病院通いをしていました。我が家から少々遠いところに、いままで診てくださっていた先生が開業したことで、これがまた通院が大変なんです。

車の運転がままならない私は、電車とバスを乗り継いで行かなければならず、正味30分ほどの移動なのですが、暑いなか、さらには夏の間は観光電車と化す小田急に乗らなくてはなりません。とにかく気を遣うこと、気を遣うこと。へとへとであります^^;

とりあえず昨日あたりから回復してきているようなので、よかったのですが、結構、私の疲労度が高く、どうにもリセットに時間がかかってしまっています。これも寄せる年波といったやつでしょうか。何だか、心に不安も渦巻くというか。

そこへ来て、今朝の『あまちゃん』。

ついに震災の日が来てしまいました。

http://nekotoro.blog.so-net.ne.jp/2013-04-09 ←この日に書いていますが、クドカンの描く震災を見たいと思っていました。

今日のあまちゃんは、地震が起きたとき、北三陸と東京と、受け止め方が異なるその様子を描いていました。

これでいいと思いました。「クドカン、やるじゃん」と。現実に起こった震災の画はないけれど、ジオラマで表した津波や被害だけで十分理解できる状況表現。そして、受け止め方の違いなどがリアル。携帯電話の通じなさもまさにその通りで。

震災が起きたばかりときの、被災していない人の「ポカーン」とした感じとか、惨状を目の当たりにした被災者の愕然とした感じとか。そうそう、こんなだったのだと思う。それがさらっとうまく描けていたと思いました。

だからこそリアルに感じるのかな。

あのときのことを思い出すだけで、怖くて悲しくて。その後明るみになる原発事故を考えると、もう情けないやらあきれるやら。いろいろな感情が渦巻きます。

本当に疲れているせいか、渦巻いちゃって渦巻いちゃって(笑)

まだまだ地震は起きると思うしね、気を確かに持たなければと思っています。

あまちゃんは、明日は安心できるかなあ。


さて、疲れたと言っても、日々の生活はしていかなくてはならないわけで、冷蔵庫の野菜室を覘くと野菜が少なくなっている。夫T君を見れば、いつもの椅子で日がな一日ダラダラしている。

う~む。T君にも働いてもらいましょ、と車の運転をお願いし、平塚のあさつゆ市場まで車を走らせてもらいました。

着いたらもう、ザックザクと野菜を取り上げ、買い物かごに入れまくる。もちろん地場産の野菜ばかりを選びます。

購入した野菜・果物を挙げると、キュウリ、ナス、ミニトマト、空芯菜、バターナッツ、アスパラ、オクラ、花オクラ、早生みかん、梨、、、。

それから平塚で獲れた釜揚げシラスと、さつま揚げ、鶏の肉まん、辛みそ、地場産のゴマ。

なかでも初めての野菜はこれ。
花オクラ.jpg
花オクラ。

オクラの花なのかな? 花が食べられるように改良されたオクラと書かれてもいるし、オクラ本来の花とは違うのかもしれませんが、とにかくオクラのようです。

お浸しにしていただきました。

味は、特徴的なものはありませんでしたが、食感ですね。ニュルルとシャクシャク。面白い。美味しくいただきました。

それから、平塚で作っているところがあるなんて、の、
ゴマ.jpg
黒ゴマです。

農水省によると……。
『*ごまは99.9%が輸入
国内に流通しているごまのほとんどが輸入品。おもな産地としては、トルコ、エジプト、中国、ミャンマー、ペルーなど、約30カ国。国内では、鹿児島県がもっとも生産量が多い。機械化できる部分が少なく、手間がかかるため、国内での生産増はなかなか難しいのが現状。 』なのだとか。

国産のゴマは特に少なく、自分でもトルコ産やエジプト産を買っているので、この平塚産のゴマはちょっと驚きでした。

この量でこの値段はお高いのかもしれませんが、地場産のものと思えばぜひとも使ってみたいと思うのが人情。炒ってぱらぱらと使ってみようと思っています。



さてはて、このあさつゆ広場の帰り。お昼ご飯までには時間があるしと、ちょっと横道に入ることになりますが、寒川神社に行ってきました。

寒川と言えば7月。町営プールの隆起が話題となりました。http://matome.naver.jp/odai/2137544005048282901

すわ、地震か? 富士山噴火か? と一瞬話題になったようですが、「プールの底の鉄板の熱膨張によるせり上がり。それに慌てて水を抜いたため 水の重量でで抑えられていたせり上がりが加速し状況が悪化」したらしいとのことで、自然災害にかかわることではなかったようです。

それでも、昨今の豪雨(水害)、桜島の噴火、さらにはシリアやエジプトの紛争等々、人や地球を傷つけてしまう事故や事件が続いています。

なので、またも手を合わせてきましたよ。

ま、冒頭で書いたように、ちっちゃい細胞のようなものですから、なかなか願いは叶わないでしょうが、気持ちは表明したぞ、と。


そんなこんなのこの一週間。


おしまい。
nice!(4)  コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

あまちゃん、見ています。 [つれづれ]

朝の連続テレビ小説は「カーネーション」ではまったものの、その後の2作は全くそそられずにいました。

しかし今回の「あまちゃん」……見ています^^

初回からしっかりと。

実はこのドラマはとっても楽しみにしていました。

なぜなら、クドカンが作っていること。キョンキョン出演。そしてその他の出演陣も好みの役者さんばかり。荒川良々さんとか、片桐はいりさんとかね。

そして見はじめてみれば、能年玲奈ちゃんが可愛い。
6923563[1].jpg


音楽もいい。(前々作の主題歌には打ちのめされて、ぶっ倒れたけど^^;)。

舞台が北三陸というのもいい。

クドカンが宮城出身だから書けるというものだし、ちょっと期待しすぎているかもしれないけれど、期待しています。

はじまりは東日本大震災前で、この後きっと、震災の場面も出てくるのだろうと思います。それをクドカンがどう表現するのか、それをどうしても見たい、そんな思いでもいるのです。

先日、NHKで「ラジオ」というドラマを見て、若い人たちの瑞々しい演技とその内容に引き込まれました。(リリー・フランキーさんもいい味を出していましたし、これもキャスティングがよかった!)。

「女川さいがいFM」でアナウンサーをする某ちゃんと呼ばれている女の子が、少しずつ震災に向き合い、前に進んでいこうとする姿が描かれているのですが、その某ちゃんが書くブログが心にしみてくるのでした。

まだまだ痛いよな~。

癒えることなんてない。それを抱えて生きて行かなくちゃいけないんだなと、そんなことを思いました。

夜も一人でいる時間が多いので、よくドラマを見ますが、NHKは最近スポットでもいいドラマ作りをしていて、なかなか侮れません。


そんななかでもクドカンで、朝の連続テレビ小説ですよ。そしてきっと震災のことも描く。そりゃ見てみたいでしょ。

たぶん変に説教じみた脚本は書かないだろうし、正義を振りかざすこともないだろうと。おそらくユーモアを交えながら、泣かせる話になるんだろうなあと、期待しているわけです。そうであって欲しいというか^^;

「あまちゃん」のなかで、人がしきりと「じぇじぇ!」と言うのですが、北三陸で驚いたときに出る言葉なんだとか。

昨晩、岩手出身の人にその話を振ってみれば、「うちのほうは、じゃじゃ! だよ」っと。

ふふふ。こういうのも楽しいですよね。







さてはて、全然関係ないですが、最近の私が注目している人々は彼らでございます。

一平くん

ちょんまげ隊長ツンさん

どちらもサッカー関連です。一平くんは人じゃないけど^^;

彼らの活動がすごく楽しい。

日本代表戦で彼らを見つけるのも、最近は楽しみのひとつにしております。

オマーンで一平くんを見たときはびっくりしたよ(笑)



おしまい。
nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

2012年、ありがとう。 [つれづれ]

12月はどうやら落ち込んだまま過ぎ去ろうとしています。どうにも、気持ちが上がってきません。まったくだ。

何か、いいネタでもないだろうかと思いましたが、これまたまったく思いつかず、精神を反映してか、ネガティブなネタしか思いつかないという情けなさ。

ま、気を取り直して、今年一年を振り返り、今年の〆とさせていただこうかと思う。

さて、2012年の手帳を取り出し、つらつらと見ていくと…。

1月。
●新しい車が納車。そうだ、ちょうどこの時期に購入して、納車は新年だった。
●富士山近くで震度5弱の地震。

2月。
●スキー旅行(1泊2日)。
●従姉の旦那さんの法事。
●雪が何回か降っている。
●川勝正幸さん、ホイットニー・ヒューストンがこの世を去る。

3月。
●仕事のスケジュールが結構入っている。
●日本代表サッカー、男子・女子の試合をTV観戦。
●伯母の一周忌。
●友人が事故でこの世を去った。

4月。
●山下達郎のライヴ。
●スマトラ沖で再び地震。

5月。
●GW、ゴルフと北海道旅行(帯広~札幌)。
●猫のTBちゃんが膀胱炎発症。
●金環日食。
●サッカー、トゥーロンの試合をTV観戦。

6月。
●TBちゃんの通院が続く。
●私も健康診断。いろいろと微妙な数値が出て、要精密検査だらけだった。→でもほとんど異常なし。

7月。
●TBちゃんの通院と私の精密検査のことばかり(笑)
●高原ゴルフに行ってた。あ、毎年恒例の結婚記念2人コンペだわ。忘れてた。

8月。
このころは、結構を仕事をしていた。それからオリンピックをひたすら観戦。なでしこは銀だったね。
●母の祥月命日。

9月。
●8月から引き続き仕事をしている→10月まで。
●義父の7回忌の法要。
●T君のオバサンの13回忌の法要@大阪。帰りに鞍馬に行ったんだった。
●コマコマと写真を撮る仕事を依頼され、早朝に何度か出かけた。(結構面白い仕事だった)。
●友人のお父さんが急逝。
●夫T君が発熱…私も体調を崩したんだった。これは某居酒屋に行った直後。たぶん誰からかウイルスか菌をもらっちゃたんだ。

10月。
●ゴルフに行っている。
●そして唐突に北海道ヒトリタビ(帯広~札幌)。GWの北海道旅行のリベンジ。
●飲み屋友達の一人が用賀でワインバーをOPENさせる。
●CKBのライヴ@渋谷公会堂。

11月。
●ドナルド・フェイゲン、マイケル・マクドナルド、ボズ・スキャッグスのライヴ@武道館。
●祖父母の法事(これで最後だと叔父が言っていた)。卒塔婆をお願いした。
●私とTBちゃんとT君の誕生日があった。
●大阪・神戸出張。伊丹IN、神戸OUTで飛行機で行った。帰ってきて、用賀のワインバーへ。
●それからやたらと蟹を食べてる(笑)
●高校時代の悪友と地中海料理&ワイン。

12月。
●CKBライヴ@県民ホール。あ~風邪をひいて散々だったころだ。
●中村勘三郎さんがこの世を去る。
●鴨宮まで宝くじを買いに行った^^;
●なでしこ、侍ブルー、チャリティマッチをTV観戦。
●野球、松井選手が引退。←いまここ。


意外といろんなことを忘れている。あっという間に時が過ぎたように思うけれど、1月などは遠い昔のように感じる。あっという間でも、時間の距離というのはかなりあるということだ。

これからどうしていくか、を考えなくてはいけないと思うのだが、まずは行動しようと思っている。

母がこの世を去って、それから自分が手術して、それからぼうと過ごしてしまったように思うのだ。

そろそろ這い上がらなくちゃなと。

311の傷も、もろもろのプライベートでの傷も癒していかないと。

そんなことを思う。

harunire.jpg

(クリックすると大きくなります)

この写真は、今年一番印象に残った風景です。霧で霞むなか、ひっそりと、でも力強く立っているハルニレに、決して屈しない自然の強さを感じたのでした。

自然は大事にしなくちゃ。



ということで、今年の投稿はこれで終わります。

いつもきてくださってありがとうございました。

来年こそ、いい年でありますように。

皆様のご多幸をお祈り申し上げます。


nice!(3)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

ひとりごとです、ひとりごと、はい。 [つれづれ]

いろんなことの変わり目に差し掛かっているのかな、と思う今日この頃。

いつも行っている飲み屋さんのソムリエンヌNちゃんが独立することになり、引っ越しをするという。そこへたまにアルバイトに来ていたKちゃんもお店を開くと言い、不動産めぐりをしているという。

ずんずんと前に進もうとする彼女たちを頼もしく思い、その逞しさに羨ましさを覚えたり、うれしく思ったり、でも少し離れてしまうことに寂しさを感じたり…。

複雑な心境だ。



世界的には紛争だらけで、中国も韓国も、日本憎しと日本は叩かれまくっている。

まっとうな歴史認識は打ち消され、自分たちだけに得する改竄された歴史だけが残り、それが広まっていく。

日本に生まれ、日本に育って、日本を好きだから、日本がひどく扱われることに気分を害してしまうことは当然と思うのに、それを右傾化と簡単に言ってしまうような米国には開いた口がふさがらない。

だったらどうしろと言うのだ。

評論するはやすしだ。


別に何をしているわけではないのに、心に傷が刻まれているような気がする。


香港で国民教育が導入されるということとなり、その内容のひどさに学生たちが立ち上がり、洗脳教育反対運動というのが行われた。

今月初旬の話だ。

その成り行きを見守っていたが、中心となった中高生たちのしっかりした言動に驚き(彼らははっきりと政治的な活動ではないと言い切っていた)、「教育」によって人の持つ思想というのが変わってしまうということをちゃんとわかっていることに驚いた。

すごいよ、香港人。

(ことの顚末は香港で頑張っておられる、りえさんのブログで詳しく書かれています。http://blog.livedoor.jp/japanavi/archives/52130330.html#more

日本ではこの運動について、まるで政治的なもののように取り上げられていたけれど、それは違っていたわけで、「本当のことが伝えられていないんだ」と改めて思った。

東日本大震災と福島の原発事故のことで十分にわかっていたはずなのに。政府や東電が嘘をつくのはもう誰もが知っていること。

マスコミ(メディア)の言うことが当てにならないということもわかっていたはず。

かといって、一般人がつぶやいたり、SNSに書き込んだりしていることも当てになるのかといったらそうではない。

とにかく、自分で信用できるかできないか、判断するしかないのだ。何だか本当に面倒な世の中になってきた。




そんなこともあって、今回の中国や韓国の日本叩きの報道には、ほとんど接触するのをやめた。

自分で信用できるかもしれない、と思うソースだけを追っかけるようにしている。

しかし本当におかしなことが多すぎる。


国というのは、国民をなんだと思っているのだろうか。

尖閣諸島を国有化するために使ったお金は税金なんでしょ。

ちゃんとした説明があったかな? 別に日本の領土であるならば、そのまま民間人が所有していたっていいことなのに、なんで国有化したのか説明がない。あったのか…?

私たちの税金を使ってまで購入する必要があったのか、私にはわからないんだ。黙って見ていたけど。

こんな騒ぎになるんだったら東京都の寄付金で買って、東京都のものにしたって同じだったんじゃないかと思う。結局、集まった寄付金を東京都はどうするのか。基金にして凍結って、、、。その後寄付した人たちは注視しなければいけないと思う。

しかし国が買おうが、東京都が買おうが、私には知ったこっちゃない。



何でそんなに尖閣諸島や竹島に彼らが執着するのか、そして何でそんなに焦らなくちゃいけないのか、私にはわかんないんだよ。


わかんないのに、叩かれて(私が叩かれているわけじゃないのに)傷つけられなくちゃならないのか、本当にわからない。


中国や韓国の歴史的な国民的心情を思え! という話も散見されるけど、歴史的な国民的心情だって、そこまでちゃんと知らされているまっとうな歴史なのかもわからないのに、真実の歴史なのかもわからないのに、どうしろというのだ。

何で日本憎しなんだろう~。

こんなに真面目にコツコツとやってきているのに。






経済的なことをいうと、中国や東南アジアで作ってもらっている製品を日本で作るように、まずは日本国内の賃金を下げたらいいと思う(もうこんな傷つけられるんだったら、中国撤退!)。

最低賃金を下げて、海外に進出した工場を日本に戻して、いま一度コツコツと仕事をする日本人に戻ったらいいんだ。

そのために物価ももっと下げなくちゃいけないな。

円も安くならなくちゃいけない(こんな状況なのに、いまだに円高であることの意味もわかんないし)。

そうすれば雇用機会も増えるだろうし、必要経費にかかる金額も下がれば、全体の収入レベルが下がったとしても、家計が安定すれば人は結婚もするだろうし、子どもも産むようになるんではないのか?

経済界も、労働組合も、いい加減手を組んで盛り返そう、っていうような考えを持ってもいいんじゃないのか、と思っている。


さもなくば、円をじゃぶじゃぶ刷ってくれ。

だいたい日銀は円を刷らなさすぎ。おかしいって。円高の遠因として、そういうこともあるんだろうなと感じている。

……円高でおいしい思いをしている人を想像するといいよ。

まったく…どうしてこんなに面倒くさい世の中になっちゃったんだろう。




心機一転、新しい道を歩もうとしている友人がいる一方で、私はいまだにここにとどまっている。もう何年も同じところにいる。

仕事を失いそうになっても、どこからともなく仕事が舞い込んでくることが続いていたけど、それもいつまで続くのか…。

ずーっと同じところにいることだって大切なことだ、というのもどこかで聞いた話だが、果たしてこれでいいのかと思う。


どーしたらいいんだろうかなあ。



なんか本当にね。何だか傷ついている気がするんだ。何でかね…。




いやいや、ひとりごとです、ひとりごと、はい。
nice!(5)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - つれづれ ブログトップ