So-net無料ブログ作成
検索選択
自分のこと ブログトップ
前の10件 | -

親知らず無き未来 [自分のこと]

親知らずを抜きました。

3、40年持ち続けた親知らず。

素直にまっすぐ4本とも生えていたのですが、上の親知らずは寄せる年波、虫歯の治療はしたものの、根本がおぼつかなくなってきて、触るとグラグラしている。

歯科衛生士さんが歯石取りをするも、いわく「ちょっと力を入れれば抜けてしまうのでは?」と。のちに自分で上の親知らずを2本触ってみると、確かに揺れる。これは……。

歯科医師も、歯科衛生士も、親知らずの前の歯を守るためにも抜歯したほうがいいのではないかとアドバイスしてきたので、ついに決意した抜歯でした。

一週間前に1本抜歯し、来週にはもう1本抜歯する予定で、酒飲みで食いしん坊の私には、ややつらい日々が続いています。

こうも持ち続けていたものが無くなるというのは、妙なもので、手術でお腹のなかのものを取ったときは手術痕ばかり気になって、内臓が一個無くなったくらいでは全く気にならなかったのに、口のなかにずっとあったものが無くなるというのは、実に妙です。

いずれ下の親知らずを抜歯することになるのですが、32本あった歯が28本になるのはやっぱり妙(笑)

大げさなタイトルをつけてみましたが、歯が減ると何か変わるのかなあと、ぼんやりと妄想しています。

顔のホクロを取ったとき、友人には「運勢が変わるから取るのはどうかなあ」と言われましたが、全く運勢は変わらず気にもせず。

親知らずを抜歯したら運勢が変わるかなあと妄想するも……。でもまあ、ネットで検索してみると大半の人が親知らずは抜くか、生えてこないということを知って、とくに問題はないんだなと、そんなことを思いました。

ああ、私って大げさだな(笑)



今月の前半には、夫T君の出張に便乗して札幌1泊2日の旅をしてきました。

心臓の病気の薬を毎日飲ませなくなってよくなった猫のtbちゃんですが、さすがに長い時間家を空けるのはまずいかなと、1泊2日とはいえ滞在時間は24時間程度でありました。

旅の目的は、T君と食事をすることと伯母に会うことでした。

伯母は母の姉にあたります。89歳になりましたが、頭はクリアでよくしゃべり、歩く姿勢はまっすぐ。見た目はものすごく元気で若いおばあさんなのです。しかしやはり寄せる年波で、実際のところ、少しずつ癌が進行している状態。だけど無理な治療をして寿命を縮めるよりも、緩和ケアで穏やかな余生を過ごそうと決めたばかりでした。

そんな状況の伯母なので、母の家族のことで聞きたいことは聞いておかなくちゃと、会いに行ってきました。

聞いたことは、下のほうで覚書します。



その札幌の帰りの飛行機で。

明るいうちに羽田空港に向かう飛行機に搭乗するのは珍しいことなので、窓側の座席を選択。当初は混んでいて窓側は取れなかったのですが、何度もネットを見てキャンセルが出ないか確認していたら、札幌に行ったその日にキャンセルが出て、窓側の座席を確保できたのでした。

ラッキー、外が見られると搭乗したものの、乗った途端に爆睡^^; ふと目が覚めたときに眼下に広がっていたのは岩手県名取市でした。(クリックすると大きくなります)。
名取上空-1.jpg


そして亘理町。
亘理町-1.jpg


相馬港。
相馬港-1.jpg
震災後、東北には一度も行っていません。一度くらいは行かなくちゃと思いつつも、いまに至っています。

福島の原発が見えるかとじーっと見続けましたが、残念ながらそこだけ雲がかかっていて、見ることができませんでした。

東北だけではなく、熊本も、長野も、あっちこっちで地震が起きて、甚大な被害を被っています。それなのに、東京オリンピックだ、大阪万博だって何を言っているのかと。お友達に税金を使いまくって、知らぬ存ぜぬの政府。いやいや、このことをキーボードで叩きはじめると、怒りがむらむらと湧き起って来るので、察してください。

怒るのは疲れますが、怒り続けないと日本はダメになるなと最近は感じています。チンピラ政府をなんとかしないと。ふう。


ということで、続きは個人的な覚書となります。





伯母に聞いた話(覚書)


nice!(2)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

こんにちは。 [自分のこと]

近況報告です。ご無沙汰をしておりました。

何とか仕事は一段落というところまでこぎつけました。納品はまだで気が抜けない状態ではあるのですが、たぶん、大丈夫だろうと。

たぶんですが^^;

ということで簡単な近況報告をば。

まずはこの間、通信費の節約に夫T君が急に目覚め、プロバイダーを変えました。それから、スマートフォンを止めて、ガラケーにandroidを搭載した「ガラホ」に変更。ガラホは電話、メール、Lineの使用に特化しました。

そしてSIMフリーのモバイルwifiを購入し、T君は新たなタブレットを手に入れて、ネット利用はこれで行こうということになりました。私ももう少したったら、同様にモバイルwifiを買って、ipad miniを買おうかなあなんて考えているところです(現在はipod touchを使用)。

こう書いてみると、実にややこしい感じではあるのですが、スマホを利用し始めて2年超。この2年間が終わったら、いろんな割引が終わってしまって、携帯電話会社の通信費がべらぼうに高くなってしまったのです。

固定電話があって、家ではフレッツ光でテレビを見ているし、その上でスマホの利用料が上乗せされると、とんでもない通信費を支払っているという……。なんだこれ? と。

固定電話もなく、ネットもスマホの利用で済ませているという人にはこんな問題は起こらないと思うのですが、固定電話に、ネットに、スマホを利用するということは三重苦であると、このたび理解しました。

そして考えた結果、スマホは必要ないと。

ネットはwifiを利用して、タブレットを使用すべしと。

携帯電話会社の窓口で、スマホの利用状況をみてもらうと、店員さんは「あんまり利用されていないんですね」と一言。

そうですよ! あんまり利用していないのに、月に1万円も取られるってどういうこと!? になりまして、T君と合わせて月2万円ですよ。高すぎるでしょう、と。

で、です。ガラホに変えて、月の利用料はいくらになったと思いますか?

2千円ちょっとですよ~。5分の1に縮小。

なんだかね。携帯電話会社の料金体系の複雑さにやられて、大金を使っていたという事実に腹を立てましたね。

これはおかしいと。

と言うわけで、初期費用は若干かかりましたが、通信・ネット環境をガラリと変えました。



それに伴って、いま悩んでいるのがこのブログであります。

nakasamaさんのように、もう一つso-netで作るかと悩んでいます。

当初、私はso-netをプロバイダーとして利用していまして、そこでメールアドレスを取得し使っていたんです。で、このおよそ20年ほどで、引っ越しをしたりしたことで、プロバイダーもあれやこれやと変えていたのです。その間、当初取得したメールアドレスは使っていたし、このブログも始めてしまっていたこともあって、so-netをやめられず、一番安い料金を支払って続けていました。

そして今度、またプロバイダーを変えて、料金を安くしたところ、そのプロバイダーがso-netだったと(笑)

だったらメールを統合して、支払い続けてきた利用料をやめられないかと思ったのですが、so-netに問い合わせてみると、別々の加入状況なので、メールは統合できない。ブログも引き継げない。

う~む。これは困ったと相成りました。

古いメールアドレスは捨ててもいいのですが、ブログは捨てられないし。

コンテンツの利用だけなら、こんてんつコースという無料のコースに変えればいいようなのですが、どのように変わるのかわからない点も多く……。




ブログは簡単に変えられるのでしょうが、実は心情的に簡単に変えられなくなっているということに気づいて愕然としているところです。

捨てられない……。



ということで、もう少し悩んで(たとえば、このブログをバックアップする何かを見つけるとか)、ブログを引っ越すかもしれません。いや、このままという可能性も高いのですが^^;



ということで、今年の夏はこんなこともあって、頭ばかりを使っていた夏となりました。なんてこった~(笑)

秋になったら、少しは体を動かしたいと思っております。



それでは、また!


おしまい。
nice!(5)  コメント(8) 
共通テーマ:日記・雑感

ちょっとお休み [自分のこと]

足の小指を骨折してしまったり、夫T君に夏風邪をうつされたりと、踏んだり蹴ったりな、くっそ暑い夏を過ごしております。

暑いですね。酷暑です。暑中お見舞い申し上げます。

そんな状況のなか、なぜか仕事も忙しくなり、重なるときは重なるという典型。

もうだいぶ間も空いているのに、少々お休み宣言(笑)

あと数週間、お休みします。

怒りたいことは数あれど、金曜日の国会前のデモに参加してくるかと思った途端に、小指の骨折ですよ^^;

行くな、と言われているんでしょうねえ。

たぶん、こうして書くことでお役目を果たしているんだと、勝手に自分を納得させています。

介護保険のこととか、税金のこととか、さらにはマイナンバーのこととか。知らないうちに成立している法案のことも触れたいけれど……。

とりあえず仕事をしつつ、ちょっと頭を冷やして、記事にできたらと思っています。



義母も先週、ついに介護付きの有料老人ホームに入所しました。一人ではもう暮らせる状態ではなくなってきたし、息子(長男夫婦)は同居しないというので、お金がかかってもいいからと施設入所と相成りました。

こっちも思うことはたくさんあるのですが、実際のところは息子たちの英断だと思っております。私は口を挟むこともなく、これで一安心です。突然倒れて救急車を呼ぶ必要もなくなり、呼び出しをくらうこともほとんどなくなったのでしょうから、気が楽になりました。

義母は気ままに生き過ぎたお蔭で、施設入所に事は運んだというイメージですね。

それと家族への依存度が非常に高かった人なので、息子たち(とくに長男夫婦)が困り果てたというのが真相だと思います。

私はといえば、うちからは自転車でも行ける距離にある施設なので、電動アシスト付自転車を買うか、と企んでおります。ちょっとした用事は自転車のほうが小回りが利くし、坂が多いのでねえ(笑)





てなわけで、来月8月に入ればまた何とか書ける時間ができると思うので、それまではお休みです。



皆様、暑さは当分続きそうです。なにとぞご自愛くださいませ。



おしまい。
nice!(4)  コメント(6) 
共通テーマ:日記・雑感

丸10年。まだまだこれから? [自分のこと]

あっちこっちのブログで10年、10年と書かれているのを見て、「そうだ、私も10年だ」と。

そして、この3月1日で11年目に突入いたしました。

10年ひと昔と言いますが、ひと昔もふた昔も前のような気がします。

あっという間だったけど、中身は濃密。

年齢を重ねれば重ねるほど、時間が短く感じるというけれど、中身は濃密、そして圧縮(笑)



文章を綴ることができなくならないようにと始めたブログでした。

毒を吐くことも多いけど、楽しい思い出もこれで振り返ることができています。

覚書にもなる。


さらに言えば、言霊もあると信じています。

こうなってほしいという願いを込めながら綴った文章もありました。

そしてこれからも書いていくと思います。



相変わらずばたばたしていて気持ちが落ち着かないので、ご挨拶のような記事になりますが……。

お付き合いいただいている方々には感謝を。

そしてこれから出会うかもしれない方々も含めて、今後もよろしくお願いいたします。



まだまだ続けますよ^^
nice!(2)  コメント(3) 
共通テーマ:日記・雑感

誕生月間さらにつづき [自分のこと]

仕事半分の関西行でしたが、関西とはいえ大阪ではなく、基本的には兵庫県内で動き回っているという今回の出張。

税理士さんのところへ行き、その後フロイン堂でパンを買った後は、ここへ行ってきました。
手塚治虫記念館.jpg
宝塚市立手塚治虫記念館
「忌野清志郎展~手塚治虫ユーモアの遺伝子~」という企画展が行われているというので、せっかくなので足を延ばしたのです。

ドーンとキヨシロー。
キヨシロー.jpg
手塚治虫さんの長女の手塚るみ子さんが好きだったんでしょうね。彼女がプロデュースした展覧会だそうです。

なんというか、行ってみて、ちょっと残念な気持ちが湧いてきました。

当初から「なんで宝塚で?」という印象が強かったのですよ。

とりあえずキヨシローの絵やアルバムジャケットなどが展示されているのですが、なんとなく不釣り合いに感じるという……。

手塚治虫さんの記念館がそこにあったから、宝塚で行ったということなのでしょうが、心にグッとくるものがあまりなく、「う~ん」と唸るばかり。「手塚治虫ユーモアの遺伝子」と言われても、何のことやらと。

もちろんキヨシローが好きだったから観に行ったんだけど、手塚治虫さんの「それ」とうまく結びついていない印象……。

こんな感じにステージ衣装も展示されています(写真撮影可と不可の場所があり)。
キヨシロー1.jpg

小物も。
キヨシロー2.jpg


まずは宝塚という場所の磁力と、キヨシローの存在が一致していないということ。そして企画者の意図することと、キヨシローの遺産が一致していない、という感じ。

キヨシローは全国的に人気はあったのでしょうが、ゆかりのない地で、あまりゆかりのない人たちが観に来ている印象の強い施設では、相乗効果が見込めないし、パワーに転換することはできないのではないかと思うのです。本当に残念。

「こんなにあんまり感動しない展覧会は初めてだなあ」という感想を胸に抱きながら、手塚治虫記念館を後にしたのでした。

そうそう。記念館の周辺にはこんなレリーフがいくつかあって、やっぱりこういうもののほうが感動しました。
ブラックジャック.jpg
何ていったって手塚治虫記念館ですからね~。

そして宝塚といえば、宝塚歌劇団。「すみれのは~な~さーく~ころ~♪」の本拠地です。

宝塚駅から劇場までの間には「花のみち」があって、宝塚や手塚治虫さんゆかりのものがそこかしこで観られます。
宝塚.jpg

やっぱりこれだわねー、と思った像。
ベルバラ.jpg
ベルばらですよ^^

ここでは、これが一番感動したかも^^;

中学生の頃、友人から借りた「ベルサイユのばら」をむさぼるように読んだ記憶がよみがえりました。

これはオスカルとアンドレだと思うのですが、やっぱりマリー・アントワネットだよなあ~とか(笑)

いまとなっては、何であんなに夢中になって読んだかはわかりませんが、面白かったという思い出だけが残っています。

そしてこんなものも。
レオ.jpg
たぶん手塚治虫さんのマンガ(アニメ)を初めて見たのは、「ジャングル大帝レオ」なのではないかと。

「リボンの騎士」はあんまり記憶になく、レオがとにかくかっこよくて、姉と一緒に観ていた記憶があります。



そう考えると、今回の手塚治虫記念館の訪問は、キヨシローがメインではなく、やっぱり手塚治虫さんをメインに観るという姿勢で臨めばよかったなと思いましたよ。いや~失敗、失敗。



さて、宝塚へは阪急電車で向かったのですが、阪急というのは趣のある駅名が多い路線。

「苦楽園」とか「武庫之荘」とか。とくに「雲雀丘花屋敷(ひばりがおかはなやしき)」なんてたまらないですよね。よくこんな駅名を付けたなあって感じで。

今回は、千里線の「山田」から「豊津」。そこから「梅田」。そして神戸線で「西宮北口」、今津線の「阪急国道」。

フロイン堂のある「岡本」へ寄って、今津線で「宝塚南口」へとぐるり。

有川浩さんの小説「阪急電車」では今津線が舞台になっていますが、TVでこの映画を観ていました。なので映画のシーンを思い出しつつ、今津線を乗っているとこの雰囲気があるから、この小説(映画)が生まれたのだなあと感じることができて面白かったです。

阪急電車が好きなのは、駅名もそうだけれど、やっぱり沿線の雰囲気がいいからだと改めて思ったりして。

この写真は、宝塚南口から宝塚の劇場が見える武庫川。
武庫川.jpg

キレイな川の流れでした。





誕生月間、もう一回続きます。
nice!(5)  コメント(3) 
共通テーマ:日記・雑感

誕生月間つづき [自分のこと]

相変わらずやる気のなさは変わりませんが、誕生月間はまだつづいておりまして、毎年恒例の関西行もあったので、そちらをば。

お墓参りや仕事を兼てのことなので、少しは楽しみながら行かなければ気も滅入るということで、飛行機で伊丹(大阪)に向かいます。
羽田.jpg

この日はものすごくいい天気。しかも、通信をしない電子機器ならば離着陸時でも使用可となったので、離陸の動画も撮ったりして遊ぶ(笑)

そして富士山がよく見えました。
上空から.jpg

珍しくズームでも撮ってみる。
上空から-1.jpg

富士山側の座席を取っておいてよかった^^

日頃は通路側を取ることが多いのですが、朝だし、窓側もたまにはいいなと思って予約していたのでした。

大阪に着けば、まずはお花を買ったりしてお墓参りをします。これは欠かさず。

それから税理士さんのところへ行くのですが、その前にお昼ごはん。

軽く済ませようと阪急三番街に行き、明石焼きを食べました。
明石焼き.jpg
うん。久しぶりに美味しい。

大阪で働いていた頃、阪急を使って通勤をしていたので、どうしても阪急のあるほうへ行ってしまいがちなのです。でも、あの阪急百貨店の趣あるステンドグラスがなくなり、とってもいい風情だったのに阪急のイメージも変わってきました。

ちょっとばかり梅田の駅周辺を散策してみれば、再開発も進んで迷うこと迷うこと(笑)

以前は迷路のような地下街も、しっかり記憶していて迷うこともなかったんですけどねえ。東と西がさっぱりわからないおのぼりさん状態になっていました。

もう関西で暮らしたことなんて遠い昔になってしまったんだなあ、と少し遠い目になりましたが、考えてみればすでに20年も前のこと。当たり前のことですね。




税理士さんのところへも阪急で行けるので、そのまま阪急の梅田駅から向かいました。

そうしてちゃっちゃっと仕事を終えて向かった先は「フロイン堂」。

ずっとここの食パンを購入してみたいと思っていたのですが、念願がかないました。
フロイン堂.jpg

昔ながらの窯を使って焼いている食パンが有名なフロイン堂。TVでも取り上げられたことがありました。

詳しくはこちら→で読んでもらうといいのですが、2代目の竹内善之さんがいまなおお元気で働いておられて、私がこの店に訪れたとき、対応をしてくださいました。(リンクした記事は10年前のものですね。このときからまた変わったところもあるのかもしれませんが)。

行ったときがちょうど焼き立てだったので、「袋を縛らないで持っていってくださいね」と言われ、「はい」と素直に聞きます^^

焼き上がり時間はこんな感じ。
フロイン堂-1.jpg
店先の写真ではあまりよく見えませんが、「食パンは売り切れ」と張り紙がされています。

売り切れのときもあると小耳にはさんでいたので、私は伊丹に着いた直後に食パンの取り置きをお願いしていました。(当日しか取り置きがお願いできないようです)。

不思議と、少し年齢層の高い男性の買い物客が多かったです。

フロイン堂-2.jpg


この後は宝塚へ向かうのですが、それは次回にして、帰りのこと。

いつもは京都に立ち寄ってから帰宅するようにしていました。

しかし、この時期の京都の混み具合はなかなかなもの。毎年行っても行くところが決まってしまっていて、さすがに面白くなくなってきたと。たま~に行くからいいんだよなあと。

いままでは暮らしていた時期があったから、それを懐かしんで行っていたけれど、もう観光客になっていいんだと思うようになりました。

そんなわけで今回は大阪、兵庫に行ったわけなのですが、なぜかついつい忘れて帰りは新幹線の切符を取ってしまっていて、あとになって「なぜ飛行機にしなかったか」と気付くという失態。

やっぱり新幹線より飛行機のほうが長距離の移動時間が少ないので楽なんですよ。待ち時間を合わせると、新幹線も飛行機もほとんど変わりはないのですが、移動時間の違いは大きいのです。疲れがとくに。

取ってしまったからにはキャンセルするにもお金がかかるということで、結局新幹線で帰ってきたのですが、せっかくだから新大阪の駅で、大阪の粉もの文化をさらに堪能しようと「ねぎ焼き」を食べてきました。
ねぎ焼き.jpg

リニューアルした新大阪の駅の構内はとても変わっていました。

でも人が多い~。

まあ、金曜日の夜だったせいもあるのですけどね。サラリーマンやらなんやらでいっぱい。551の豚まんの売店前は長蛇の列。

そんな感じだったので、疲れも倍になって帰ったとさ……。



つづきます。
nice!(3)  コメント(4) 
共通テーマ:日記・雑感

誕生月間開幕中! [自分のこと]

今年もやってまいりました、誕生月間。

まずは私の誕生日が来て、次に猫のTBちゃんの誕生日があり、そしてオットT君の誕生日が来る11月。

前哨戦として、10月25日に中野サンプラザで行われたクレイジーケンバンドのライヴに行っておりました。

いつものごとく、いつもの剣さんを拝んで帰ってきたわけですが、最近のCKBのライヴはおしゃべりやらなにやらでグダグダな時間があり、それをT君が嫌うもので「なんとかしてくれんか」と思うのだけれど、CKBのメンバーも年を取ってきているから、そういう時間の使い方をしないと「もたないのかもなあ」と同世代の私は思うわけで。

T君も同世代なのだから、わかってやれよと思うけれど、観客は観客で時間を無駄にはしたくないものねえ。

ま、お互い様ですと、私は思います。

そうして11月。

「赤瀬川原平の芸術原論展」を観に行ってきました。

1日にオープニングレセプションが行われるということで、その招待状が我が家に届いていました。そして、このレセプションに出席すれば、赤瀬川さん本人に会えなくとも、奥様に会えるのではないかと楽しみにしていたのです。

ところが、直前の突然の訃報。

10月27日の朝、新聞に掲載された訃報記事で亡くなられたことを知り、呆然としました。体の調子が悪いとは聞いていました。でも、何とか克服していつか元気な姿で現れるのではと思っていたのですが、やっぱり相当悪かったようです。

またもじわーっとボディブローのように悲しさと寂しさが押し寄せてきて、いろいろと考えてしまいましたが、まずは弔意だけでも表そうとご自宅へ弔電を打ちました。

その後、1日は奥様も出席されないだろうなあと思いつつも、レセプションに出席するために、千葉市美術館に向かったのでした。

原論展.jpg

2原論展.jpg

展覧会は、要するに回顧展で、赤瀬川原平の初めから最後までというように作品が並べられ、時代の移り変わりが感じられる構成になっています。

何もだからと言って直前に亡くなることもないのに……と。

なんだか悲しみのなかの展覧会となってしまって、本来ならば晴やかな気分になってもおかしくないのですが、どうにもこうにもそんな気にはならずに、しんみりとさまざまな作品を観てしまいました。

赤瀬川さんの大きな展覧会は1995年に名古屋市美術館で行われた「赤瀬川原平の冒険<脳内リゾート開発大作戦>」以来。

しかし今年の初めには松涛美術館で「ハイレッドセンター<直接行動の軌跡>」と題された、ハイレッドセンターが行ってきたことを観たばかりだったので、いろいろと重なって観ている作品もあって、何というか、今年はそういう年になると考えられて展覧会も開催されたのかと、偶然というか、必然というか、そんなことがあったのかもしれないと……。

あ~歯切れが悪い^^;

なんかね……わかっていたのかもしれないですね。


いずれ、もう少し詳しく赤瀬川さんと美学校のことは書けたらいいなと思います。


そして11月6日。

横浜は、相鉄ムービル内にあるライブハウス「サムズアップ」で行われたJohn Cleary & The Absolute Monster Gentlemenのライヴを観に行ってきました。



この人の声が好きでねえ。ipod touchで、この人の歌ばかりを聞いていた時期がありました。

来日をするようになったのは2008年ということで、わりと最近からなんですよ。いつかライヴに行きたい行きたいと思って叶ったこの日。すっごいいいライヴで最高でした。

オッサンばかりが来ていましたが(笑)

そしてやっぱり相変わらず、まずは批評から入るT君は、「ドラムはうまかったけどなあ~」という感想……。なんでいつもいつも感想というと、否定から入るのか分からないのですが、T君というのはそんなやつで(←こういう人っているでしょ……)、ネガティヴな感想を聞くと、ちょっとむかつくんですけど、ま、いつものことだからいいんですけど。

ジャンルとしたら、ニューオリンズR&Bになるようですが、ファンクな感じもあるし、ジャジーな曲もある。

やあ、もうかっこよかったです。

私は大好きなバンドでしたから、堪能してきました。



そうして今日。猫のTBちゃんの誕生日。

5歳になりました。
tb2.jpg

最近は妙齢なお嬢様というより、オバサンっぽくなってきて、ホットカーペットを出したら、そこでずーっと寝ているんですけどね。

立ち上がって動くときは、ご飯を食べるときとトイレ。それからちょっと人に甘えたいときという。だいぶ横着になってきました(笑)

今年の初めまでは膀胱炎に悩まされていましたが、それからはワクチン接種以外で病院にかかることもなく、健康体でいてくれています。ありがたい。

ようやく大人になって安定してきたのかもしれないですね。ほっとしています。



ということで誕生月間。もう少し続きます。
nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

歳末というのに [自分のこと]

歳末というのに、何もやる気がありません(笑)

この年の瀬は、テンションを低く維持してやり過ごそうという魂胆であります。何しろ疲れたくない^^;

数年前まで、年末というと激しく風邪をひいたり、食中りしたりと、体調管理が行き届いていないせいで、よく寝込んでおりました。

ところがフルタイムで働かなくなり、家で細々と仕事をするようになると、体力が温存されるのか、年末の怒涛の忘年会の数々をこなすことができていました。

しかしですよ。

昨年あたりから、体力も精神力も……何だか維持できません。

「あ~もう、何にもしたくないっ!!!」と心の中から、そんな声が聞こえてきまして、自分が不機嫌になっていくのがわかるのです。

これではヤバいと。

年末というと、怒涛の忘年会の一つ。我が家での宴会が待っています。その宴会ホストの役割を、何とかやり遂げなくてはなりません。

とにかくイライラしてはいけません。イライラして料理をすると、料理にまでその気持ちが反映されてしまうし、やっつけまるだしになってしまいます。

昨年は料理をしていて、軽くパニックに陥ってしまったので、それではいけない。

じゃあじゃあ、どうすればいいのか。

いろいろ考えました。

そうしてたどり着いた先は……。

「やらなくてはならない」という思いを捨てるということ(笑)

『must』 ではなくて、『may not』 ですよ。

「やらねばならぬ」の私ではなく、「しなくていい」の私になろうと。

なんのこっちゃ、ですが、思うところ、とにかくこれまでの無理はできない。無理をすれば無理をするほど、イライラがつのると思ったわけなのでした。

ということで、「しなくていい」とテンションを低く維持して、年末を乗り越えてみせますわ。


そこでストレスの軽減を図ろうと、こんなもんを買っちゃいました^^;
なみじゅう.jpg
よく切れるナイフ「なみじゅう」。


評判を聞いて、どうかなと思って取り寄せてみたのですが、ま~よく切れること。

取扱説明書に、「よく切れるので、指など切らないように」と書いてあるのに、切っちゃいましたよ^^;

トマトをいい気になって、うすーく切っていたら、薬指の先をちょっとね……あぶねーあぶねー。

いやいや、これでお肉を切ったり、パンを切ったりがストレス少なくできるようになるわ~と、ひとりごちています。


ついでに……。

実は、リビングのセンターテーブルをオーダーで新調してしまいましてね。これまでのテーブルにガタが来ていたのと、ちょっと失敗したテーブルだったんですよ(このインテリアショップではもう家具は買わない、と決めたくらい…)。木枠はま~よかったのですが、天板がガラスでやったら重いし、そのくせネジが緩んで取れたりして、いつかは壊れてしまうのではないか? という感じだったんです。その状態で10年近く……。さらには猫のTBちゃんがそのテーブルの下に潜り込むものだから、潜り込んでいる最中に崩れでもしたら~! と心配で心配で。
テーブル.jpg

そんなわけで、国産のテーブルをオーダーしてしまったのでした。
こういうときは、やっぱり国産!
職人さんに作ってもらうのが一番!




ストレス解消~!


そして大掃除という掃除は、すでにやらないことにしたので、気持ちも穏やかですわ、奥様。

あとは、障子の張り替えだけはどうするかな~なのですが。……これはですね……いままで手を付けていなかった猫のTBちゃんが、ついに障子紙を破るという楽しさを覚えてしまいまして^^;

プラスチック素材の障子紙はどうなんだろうと思いつつ(←やっぱり和紙ではないと、趣きがないですよね~)。


そんなこんなの年末であります。





朝焼け.jpg
ある日の朝焼け。

おしまい。
nice!(2)  コメント(5) 
共通テーマ:日記・雑感

頭痛の薬 [自分のこと]

片頭痛に悩まされ続けて、早ウン十年。考えてみれば、小学校の高学年の頃から「頭がガンガンする」と言っていた自分を思い出す。

肩こりも小学生の頃からあったし……。

片頭痛というのは遺伝性があるらしいのですが、私の母は全く頭痛がひどいそぶりをしたことがなく、家族に片頭痛持ちがいれば片頭痛になる可能性は高いと言われることに疑問を抱いていました。

じゃあ、私の頭痛は何と。

これは片頭痛ではないのか? 肩こりから来る頭痛か? 一体、何?

ところが身近に頭痛持ちが。

姉です。私は姉の日常を全く知らず、頭痛がひどくなるタイプにも見えていなかったので、全く関係がないと思っていました。

いつぞやか一緒に旅行をしたとき、行った先で頭痛に悩まされている私を見て、「あ~私の頭痛によく似ている」と言う姉。「え?」と思ったものの、同様の頭痛に共感してもらえたお蔭で、旅行中黙ってしまう私を単純にスルーしてくれて嫌な思いをせず、楽しく終えたのでした。

なるほど、姉妹で頭痛に悩まされていたのかと、気づいて納得いたしました。

遺伝性はある。そしてきっと母も頭痛に悩まされていたことがあるはず、と。

ときどき寝込むことがあったから、それがそうだったのかもしれないなあと、思い出します。

さて、その片頭痛。

以前、掛かっていた婦人科の医師に片頭痛の薬(アマージ)を処方してもらったことがあったのですが、飲むタイミングが悪かったのか、飲んだ途端に酔っぱらったようにくらくらになり、頭痛が治るもなにも具合が悪くなって横にならざるを得なかったということがありました。

それ以来、片頭痛に効くという薬は敬遠していました。代わりに鎮痛剤(ロルカム)を飲んでやり過ごすという日々。その後、ロキソニンが市販されるようになり、よく効く鎮痛剤が手に入りやすくなって、いい世の中になったもんだと思っておりました(笑)

そして今回。漢方薬を処方してくださっている医師が、「片頭痛の薬を試してみる?」という提案をしてきました。

何でも医師本人が片頭痛持ちで、先日、ひどい片頭痛の発作に見舞われ大変な思いをしたと語るのです。

聞けば、私と同じような症状。そのときに服用した薬の種類などを聞く内に、「また私も試してみようかな」という気になってきました。

それがこれ。
クスリ.jpg

久しぶりの片頭痛の薬。

実のところ、私の頭痛は片頭痛なのかどうか、確信が持てないでいました。いや、頭痛で吐いてしまったり、匂いや光が気持ち悪いと感じるところなんか、正に片頭痛の症状なのですが、どこかで違うのではないかと思っていたのです。

最初に処方してもらったアマージが効いたように思えなかったことが、片頭痛ではないのかも……という思いにもなったわけで。ついでによくお酒も飲むし、二日酔いの頭痛じゃないの? と思うこともしばし(笑)

それで、処方してもらった数日後のこと。

朝、頭痛で目を覚ましました。起きてからとりあえず、一連の朝の家事を終え、ほっと一息ついたとき、まだ頭痛は続いている。何となく嫌~な気持ちもするし……。

そうしてふと、処方してもらった薬を服用してみるかと思ったのです。

以前のことがあるから恐る恐る。

ラムネのような薬を口に入れ、ソファーで横になりました。数十分、ウトウトとして起き出してみると、「あら?頭が痛くない。即効だわ、この薬」と相成ったのでありました。

もうねえ、ありがたや~でありますよ~(笑)


効果があってうれしい思いもしましたが、では何故、同じような薬のはずなのに以前処方してもらった薬はいま一つだったのか、一応確認したくてネットでせっせと検索をしてみました。

すると、前者のアマージは長時間にわたって効果を持続するタイプで、じわじわと来る頭痛の人に効果的らしいということがわかりました。

後者のマクサルトは始めからドンと痛みを感じる人に効果がある(即効性はある)とわかり、なるほど、私はこちらのタイプだったのだわと認識したのでした。

片頭痛にも、ウサギ型、カメ型があると^^;

私はどうやらウサギ型の片頭痛だったらしいです。



何だかね。この漢方薬を処方してくれる医師に出会ってから、目から鱗のようなことが起きています。

いやいや、本当にありがたいことです。


ちなみに、医師に「休みの日とか、旅行に行った先で頭痛がひどくなるでしょ」と言われ、これも正にその通りで、この医師も同じようなときに頭痛が起きるんだそう。

「たぶんね。リラックスすると血管もリラックスして拡張するんだと思うのよね。だから休みの日とかに片頭痛が起こりやすくなるんだと思う」とおっしゃっておりました。

あーもう本当にそう(笑)

飛行機に乗ると頭痛がするんじゃなくて、リラックスついでに血管も拡張しちゃうんだと。これも目から鱗。

そういえば、仕事で飛行機に乗ったときは頭痛がしていないや、と改めて気づいたのでありました(←遅いっ^^;)。


なんともはや自覚が足りないという顚末でありました。



おしまい。



nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感

老い支度を考えてみるものの。 [自分のこと]

6年前の母の北海道散骨旅行で撮った一枚。
レースフラワー.jpg
ちょうど秋分の日の頃だったと思います。母も生きていれば78歳……って、まだ80歳には届かないのか。

意外と若くしてこの世を去ったんだなと、改めて思ったりもしています。しかしWHO発表の2013年日本の女性の平均寿命は86歳というのですから、まあ早いな……。

ちなみに母がこの世を去ったときの年齢72歳(女性)が平均寿命という国は、北朝鮮、フィジー、イラク、カザフスタン、キルギスだそうです。一番平均寿命が若い国はシエラレオネ(西アフリカ)の47歳。

父は42歳で他界しているので、どっちも早かったんだと思っております。

ちなみに男性で42歳が平均寿命という国はありません。一番若くて同様にシエラレオネの46歳でした。

ま、だからどうした、ということなんだけど、ちょっと前に2回ほど書いた「老いてもいいんだ」という記事と、前回のコメントで書いた白髪染めをいつやめるかということで、ここのところふと考えてしまう老い支度についてです。

50の声を聞いてから、そして仲がよかった友達が亡くなってから、「何だか老い先が短くなるってこんな感じなのかな?」と自分の心に変化が訪れているように感じたのです。ちょっとした不安というか、諦めのような……。更年期障害、不定愁訴かなあ(笑)

それで、「老い支度」って何やろな? と考え始めてしまいました。

とりあえず私が考える老い支度の第一歩は「捨てる」ことだなと。もうこんなに物はいらないだろうと。使わないものは捨てる。着ない服も捨てる。履かない靴も捨てる……。

でも言うは易し(笑)

そう簡単には捨てられません。いやいや、捨て始めるには若いだろ、とか^^;

何だか思考が行ったり来たりしていて、何も決められないというのが実際のところ。

夫T君も定年退職の時期を迎えているわけでもないし、私も仕事をしている。

さらに一番我が家に多く横たわっているものと言ったら本なのですよ。とにかく本だらけ。まずは整理すべきは本なのだけど、仕事にかかわる本は捨てられないし、本を捨ててしまったらある意味で商売あがったり。

初っ端から躓きます。

服はね、前回も書いたとおりで、若いときの服が似合わなくなってきています。お蔭で、執着する気持ちもなく捨てられるようになってきました。あまり気にならない。

でも本とかCDやDVD、はてはレコードまで、、、。捨てられないなあ。どうしたらいいんだろ。

とまあ、悩んでいるようですが、本当のところ(今のところ)、捨てる気はないです(笑)

やっぱりまだ早い。

「やめよう、この考え」と思いました。


じゃあ、老い支度って一体なんなのだろうと考えたのですが、結局は究極のところ「心構え」かな、と感じています。

老いに対する心構え。

「もう若くはない」という自覚。老いてこそ身につけなければならない「責任」。これから生まれて生きていく人のために「何かを残す」ということ。

このあたりをよ~く考えて心に構え、行動をすることが、老い支度になるのではないのだろうかと思います。

ベースにこういったことを準備していれば、いま自分に必要なことが表現されていくのではないかと思いました。

要するに、ちゃんとしなきゃっていうことか^^;


少し話が変わりますが、我が家の裏に市民が保全活動を行っている森があります。その代表をしている男性は団塊の世代なのですが、その人から聞いたことがあるのです。

「僕たちの世代は、若い人たちにいいことを何も残せていない」と。「それは大変申し訳ないと思っている」と。

「なので、せめて老後と言われるこの時間を、これからの人のために森を保存するなどの活動にあてている」と言うのです。

とても精力的に動かれている人で、おそらく批判も受けていると思うのですが、覚悟を持って後世の人たちのために、よいと思うものを残そうと活動をしておられます。



この人の考え方は、一つの手本になると思っています。ただ、私は団塊の世代ではないので、同様の心持ちにはなれませんが、そういう考えを持った人たちへ少しの手助けはできるのではないのかな、と考えます。


老いることで何もできなくなるのではないかとか、何も役に立たなくなるのではないかとか、そんなことも考えてしまうと思いますが、そんなことはなく、老いていく自分にもできることはあるな、と思います。

責任とか、何かを残すということを考えると……ですが。



つまりは物質的なことではないんですね、きっと、老い支度って。

結局のところ物質的なことは付随してくるんですよ。格好とか、服とか、お化粧とか。それが附随して表面に出てきたときに考え、行動を起こせばいいということなのでしょう。


ということで、老い支度ってえのは、あえて考えるべきものではなく、老いへの心構えであると、私の結論でありました。(←ちょっとエラそう^^;)



おしまい。


とりあえず、白髪染めを止めるのは、勝手に自分で決めている定年退職時(60歳)と思っています(n^。^)/
nice!(3)  コメント(2) 
共通テーマ:日記・雑感
前の10件 | - 自分のこと ブログトップ